壱矢はといえば、恥ずかしがるどころか満面の笑みを浮かべて私を見下ろしている。

 「いい響き。もっかい言ってみ?」

 「言いません。じゃあ行きます」

 「…かたいのなぁ」

苦笑する壱矢にはもう慣れた。
でも、砕けた自分にまだ慣れない。
こんな日くらいはもう少し、自分を隠してもいいのだろうか。
玄関のドアを押し開ける前に振り返り、微笑んで私を見ている壱矢に向かい合った。

 「ネクタイは私のと、交換してください……行ってきます」

半ば言い逃げで、それだけ伝え置いた私は一目散にその場から駆け出した。
壱矢がどんな顔で私を見ているか、どんな反応を取られるか怖くて最後まで見届けられなかった。
卒業生と在校生が、卒業の日ネクタイを交換するという告白イベントがわが校にあるらしく、安倍さんがきゃっきゃしながら話すの聞いて、ならば私もと思ったのだ。
昔は第2ボタンをもらったりといった、あれに近いやつである。

 「まさか自分がそんなことに手を出すだなんて…」

寒さの残る朝の空気を浴びながら、外気とは裏腹に熱くなった頬を両手で挟んで呟いた。
ミーハーな部分とは全く縁がなく、見向きもしないと思っていたのに、ノリとかでもなく本気でそのイベントに便乗したいと思うだなんて。
恋とはなんて恐ろしいものなのか…。
世に溢れる恋人のあれやこれやの催しに飲まれそうで、自分が保てるか不安になってきた。