好きとか愛とか

それくらいの事しか返ってこないのは壱矢も想定内、表情は｢やれやれ｣だ。

　｢わがまま娘一人満足に扱えない大人二人に、、幻滅したからでしょうね｣

　｢壱矢！！なんて事言うんだ！｣

恭吾さんが立ち上がり、殴りかかる勢いで拳を振り上げた。
恭吾さんの足が机にぶつかり、乗っていたものが大きな音を立てて揺れ動く。
殴られると思った私は、咄嗟に壱矢の前へ体を割り込ませていた。
母も恭吾さんの体に抱きつき、必死で抑えようとしている。
状況をのみこんでハッとなった恭吾さんが、振り上げた腕を納めてまたソファへ腰を下ろした。
壱矢もまた私の手を取って撫でると、｢怖い思いさせてごめん｣と囁いた。

恭吾さんが壱矢を殴るかもしれない恐怖より、男の人が襲いかかってくる怖さに体が反応している。
瞬時に悟った壱矢が憎らしい。
この人はどれだけ私を理解してるんだろう。
もう一度手をタップして、落ち着かせてくれた壱矢から離れて座り直す。
その様子を見ていた二人の視線が、何かを嗅ぎ取ったように見え、そのタイミングで壱矢が｢みっともないことすんな｣と釘を刺した。

　｢俺今日、喜美子さんにも父さんにも、ひどいこと言うよ？｣

　｢どういうことだ｣

まだおさまりきらない苛立ちを滲ませた恭吾さんが、奥歯の隙間から声を吐き出す。

　｢まず、二人の親としての態度には子供として疑問しかない｣

恭吾さんの手がまた、不穏に動く。
私と母が、それぞれを守るために身構えたのが、動く空気の流れで分かった。