好きとか愛とか

その行程を無視して、取り返した私だけが悪者扱いなんて、とても納得できない。

 「あげてなんて言ってないでしょう?貸してあげてってそれだけじゃない。何を子供みたいに拗ねてるのよ、壱らしくない」

 「あの子に貸して返ってきたものなんかない」

文字通り、一つもない。
シャーペンに始まって、服、身の回りの細かなものから自転車なんてものまで全て返ってきてはいない。
そして、最後は自分の母親。
これも私には返ってこないだろう。

 「大袈裟ね、そんなことないでしょうっ?」

 「あっそ。じゃあその裏で私が我慢してるっていう可能性は考えなかったの?」

あれを私が当然として受け入れてたと思っているのだろうか。
自分のすぐそばで、何もかもを手に入れてこられたことに、私が何も感じていないと本気で思ったんだろうか。

 「だいたい、私らしいって何よ。私の事なに知ってるの?なにも知らないし知ろうともしてないのに分かったつもりでいるなんて笑うしかないわよ。私に一度でも訊いてくれた?嫌だと言う私の思いも言葉も、受け止めようとしてくれたこと、あるの?」

途中で止めてしまった私にも責任はある。
けれど、せめて口にしたときくらいは聞き届けて欲しかった。
私との事や、私という人間の事が少しでもあったのなら、私にくれたものがなんだったか忘れたりもしなかったはずだ。
悔しくて、握っていた手に力を入れると、壱矢もまた同じくらいの力で握り返してくれた。

 「あなたも自分の物を渡して嫌な思いをしたのは分かるわ。でも家族じゃない。あなたはこの家の娘で、愛羅ちゃんは妹なのよ?姉が妹に譲ってあげるのは当然の事でしょう?あなただって欲しいものがあれば言えばよかったじゃない。愛羅ちゃんのせいにばかりにしようとしてるけれど、それは無理があるでしょう?」

ダメだ。
愛羅にどっぷりはまってしまっている母に、何を言っても届かないらしい。
これ以上の話し合いも意向の擦り合わせも無駄だと思い、その場を去ろうと腰を浮かせたところで、壱矢が私の手を強く引き留めた。

 「喜美子さん、それは違うと思いますよ」

 「え…」

壱矢から向けられた強い口調に驚いた母が、声にならない声を出す。
こんなふうに強く断言され、間違っていると否定されたのは初めてだ。
私も聞いたことがない。

 「壱矢、なに言ってるんだ」

剣呑な空気を察した恭吾さんが割って入るが、壱矢に「黙ってろ」と言わんばかりに手で遮られた。
そして、一つ呼吸をおいた壱矢が母に改めて向き直る。

 「逆に訊きますけど、俺や壱のいったいどこにそんな余裕がありましたか?愛羅の浪費は限度を超えてました。必要最低限のものを買いそろえてもらうだけで満足すべきなのに、あいつはどれだけねだりましたか?無駄遣いしてるやつがいるからって、自分達もしようと思うほど、俺たちは愚かじゃありません。言えるわけがないんです」

 「それならどうして、自分から言うのが嫌なら、私たちが欲しいものはないか訪ねたときになぜ欲しいと言ってくれなかったの?」

親としても責任は果たした、拒絶したのはそっちじゃないか、そんなところか。
母らしい物の見方に吐き気がした。