好きとか愛とか

壱矢を見ると、失笑気味に口元を緩めている。

 「ない」

恭吾さんの眉がピクリと上がり、細まった目が不愉快さを伝えてくる。
たじろいだ私の手を、壱矢がしっかり握ってくれた。

 「なんだと?」

 「だからない」

一瞬で空気が凍りついたのに、そんなことに構うでもなく壱矢がはっきりと言いきった。
恭吾さんの表情が、声色が、数段低く唸ったのが分かる。

 「一晩無断で家を出てたんだぞ?ないわけないだろ。スマホの電源まで切って、返事も寄越さず。どれだけ勝手なことをしたか分かってないわけないよな」

 「帰らないって言っただろ?」

 「許可した覚えはない」

 「許可なんか求めてねぇよ」

どちらも引かず、このままこれが繰り返されるのかと思ったとき、恭吾さんの隣に座っていた母が私の方へ向き直った。

 「壱、あなたもなにか言うことはないの?黙ったままじゃ済まされないでしょう?昨日自分が何をしたか分からないわけじゃないでしょう?」

矛先が私に変わる。
遅かれ早かれ来ることだし、別に、

 「私、なにか悪いことした?」

謝らなければならない覚えはない。
帰らない連絡はした。
同意しなかったのは恭吾さんの勝手で、こちらは筋を通してある。
けれど、親という面目が立たないことがよほど気に入らないのか、母の形相が険しいものに変わった。

 「壱っ、勝手なことして何を言ってるのっ?どれだけ心配したと思ってるのっ?愛羅ちゃんも落ち込んでしまって、可哀想に、お祭りも楽しめなかったのよっ?あなたのしたことでみんな迷惑したし、愛羅ちゃんだって傷ついたのよ??それだけで十分道に逸れてるでしょう!」

こんなことになってもまだ、判断基準と立てなければならない筋道のベクトルは、愛羅に向いているのだ。
胸くそが悪くなる。
まさかとは思っていた祭りに、やはり愛羅は行っていた。
なんだろう。