壱矢もまた、何も言わずにただ恭吾さんを見ていた。
一瞬で澱んだ空気になり、重い圧が天井から降ってくる。

 「手を繋いで、来たのか……、いや、いいか、それは。とにかくよかったよ、無事に帰ってきてくれて。さぁ、早く上がりなさい」

なにか言うわけでもない私たちの手と顔を何度も往復した恭吾さんが、大人の貫禄など感じさせない狼狽え方で家に上がるよう促す。

 「喜美子っ、二人とも帰ってきたっ!」

一階のどこかにいる母に声をかけると、キッチンにいただろう母が恭吾さんと同じところから出てくる。

 「壱っ!!あなた今までどこにっ…」

母も同じく私と壱矢の繋がった手を見て、困惑した顔を浮かべていた。

 「と、とにかく、入りなさい。話しはそれからだ」

話からは逃げられない。
分かっていたけど、現実になると息苦しさを感じた。
準備はしてあるのに、まるで丸腰の気分だ。

恭吾さんと母が揃ってリビングに入るのを見届けてから、私と壱矢も後に続いた。
リビングに入ると、この家の匂いで充満している空気に出迎えられる。
一晩しか空けていなかったのに、やたらと匂いを感じてしまった。
こんな匂い、だっただろうか。

 「二人とも、まず言うことがあるんじゃないか?」

私と壱矢の向かいに座り、両手を膝の上組んだ恭吾さんが珍しく怒りを露にして見据えてきた。
単純に、いうことを聞かずに勝手なことをした事への怒りか、心配から来るものかさえ分からない。
男の人からのすごみが、少しきつかった。