壱矢の目が大きく見開かれる。

 「ごめんなさい、ふふ、あはははは」

こういうしあいっこが楽しくて、おかしくて、幸せが通り越してしまった私は堪えきれずに吹き出してしまった。
何がそんなに面白いのだろう。
自分でも分からないけど、笑うことを止められなくて。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
もうずっとない感覚、もう記憶からも消えてしまっていた笑うという衝動。

幸福感に溺れてしまいそうだった。
いや、壱矢の暖かさと想いに完全に溺れていた。

 「久しぶりに見た。壱の笑顔。その顔が見たかった」

 「いや、見ないでください」

両腕をクロスさせ、顔を隠した私は壱矢から目を背けた。
なのに、その腕が捕らえられて、耳の横で縫い付けられてしまった。
上を見れば、私を見下ろす壱矢が微笑んでいる。

 「見るよ。好きだから」

この顔で言われると弱い。
というより壱矢に言われると弱くなる。
簡単に好きって言って、簡単に私を幸せにさせる壱矢が憎らしくて、可愛げもなく膨れっ面を見せてしまった。
そんな私でも壱矢は構わず、可愛いを連発している。

 「壱は俺にだけみせてりゃいいよ」

そうしてまた、深いキスが繰り返される。
私も返して、また二人で体温を分けあった。

こうして私をどっぷり甘えさせてくれるけど、壱矢はどうなんだろう。
私が我慢してきたように、壱矢だってたくさんのものを我慢してたくさんのものを手放して来たはずだ。
でも壱矢はそんなことなにも言わないし、なにも匂わせてこない。
母親がない気持ちは分からないけれど、突然親のどちらかがいなくなってしまう子供の気持ちは分かる。
だから当然、壱矢が耐えなければならなかったものも。
自分だけが孤立して、なんでもかんでも自分だけがなんて思っていたけど、それはとんでもない勘違いだった。

壱矢?私にもそれを背負わせてくれませんか?