はっきり分かったモヤモヤの名前が、別のものと塗り替えられないなら、壱矢がどう捉えようともなんでもよかった。
壱矢の大きくて逞しい両手が、私の頬を包む。
顔を寄せ、額と額をくっつける。

 「俺はお前が好きなんだよ。ずっと一緒にたいんだよ。俺から離れてほしくねぇんだよ。そばにいろよ」

 「そばにいるやり方が分かりません…先輩が離さないでください」  

お願い。
覚えたばかりの私では、一人で持て余してきっと逃げ出したくなってしまう。
逃げたくない。
だから、
ずっとそばにいて。

 「上等。離すかよ」

荒々しく唇が重ねられ、呼吸もろとも奪われてしまった。
壱矢の体温と呼吸に、何もかもを預ける。
壱矢はそれを受け取って、自分の中へ取り込んでいた。
唇が離れる頃には辺りは薄暗くなっていて、ヒグラシの声はいつのまにか聞こえなくなっていた。
祭りの気配が、ここまで届く。

 「先輩も、私と同じような気持ちなんですか?」

 「違う」

ごちんとおでこがぶつけられて、唇を軽く噛まれた。

 「舐めんな。お前の不安定でふらふらした浅い気持ちとは違って、俺のはもっと深いんだよ」

 「ぁ…」

そう言ってまた、今度は優しく私に口づける。
川から温度の低い風が吹いて、汗に濡れた肌を滑っていく。
じめじめベタベタと気持ち悪いはずなのに、どうしてか心地いい。