好きとか愛とか

 「いいのよ、壱矢君。壱ももうたくさん着たから、今度は愛羅ちゃんの順番ね」

そんなに着てない。
忘れたの?
三回二回くらいしか着れてないでしょ。
なんでそれを勝手に決めるのだろう。
私がもう満足して誰かに譲ってもいいと思ってるなんて、なんで母が私の気持ちを見積もるんだろう。

 「ですが喜美子さん、これはあんまりですよ。愛羅になにもかもあわせすぎです。壱の物は壱の物で、愛羅の物にはならないと言い聞かせてください」

それがあなたの仕事で、義務でしょう。
壱矢の語気は、それをもう隠せないところまで強くなっていた。
人の物を欲しがるな、それは人間として最低限守らなければならないことの一つだ。
愛羅が出来ないのなら、きちんと躾なければならない。
しかし、母にはその選択肢はない。
この話はずっと平行線だ。
私が断固として譲らなかった場合も、私が悪者として君臨することになる。
歪みきっている。

自分の我を強いて浴衣を死守したとしても、次に袖を通すとき母は私に棘を突き立てるはず。
それまでにも、チクチクとイヤミを毎日悪意無く吐き捨ててくるのだ。
だったらより楽な方を選ぶしか私には残されていない。
毎日針の筵でイヤミを固められるより、諦める方が楽だ。
最後にもう一度、これを着てお祭りに行きたかった。
でも、私にはあのかんざしがある。
浴衣なら、諦められる。
ただ、腹が立ってむしゃくしゃするだけだ。

 「いいんです、先輩。順番らしいですから」

浴衣の帯を解き、緩んだ浴衣の襟元をためらい無くはだけさせた。

 「壱っ、何やってるのっ、壱矢君もいるのにっ、これっ、はおいなさい」

当然、母だけでなく壱矢も愛羅もギョっとなった。
目を見開いて私をみている。
馬鹿馬鹿しい。
下らない。