けれど、彼女役として改善しなければならないところがあるのなら善処しないと、お役御免ではなく役不足で解任となれば話は違ってくる。
約束が無効にされてしまうかもしれない。
それは困る。
壱矢には黙っていてもらわないと。

 「そそるがなにかは分かりませんが、なるほど、私ではそそられないということですね?なんだか心外な気がします。これは他の男性にリサーチをかけ────」

 「待てこら、なにする気だよ」

自分でそそるかどうか、明日の朝イチにでも訊いてみようかとクラスメイトの顔を思い浮かべると同時に、壱矢が立ち止まって待ったをかけた。

 「ですから、私でそそられるかどうか他の男子に確認した方がいいかなと」

まだ男子に近づくのは怖いけれど、不意でなければ大丈夫だと思う。
欠点がるのならば克服しなければ気が済まない。

 「しなくていいっ、つかすんなっ」

私の肩を掴んでうなだれる。
壱矢のつむじが目の前にさらされた。
チリリィンと軽やかなベルが鳴って、自転車の存在に気付いた壱矢が私を壁側へ追いやる。
背中にコンクリートの固い壁が優しくぶつかった。
顔を上げると壱矢が思ったより近くにいて、壁に手をついた状態で私を見下ろしていた。
こちらの反応を窺いながら、空いた方の手を私の頬へ滑らせる。
触れ方が緩やかで優しくて、反射で体が跳ねた。

人差し指の背中で撫でられれば、その柔い感触に心臓が大きな鼓動を打ち鳴らす。

 「…先輩?」

見つめてくる壱矢の瞳に、困惑した私が映っているのが見える。
なにを考えてるのか読み取れないその表情は、家では見せない顔だった。
どこか切なげでどこか艶めいた、熱を孕んだようなドキリとさせる表情。
撫でる指が心地いい。

 「そそるよ、壱は」

仄かに笑って、「行かなくていい」と呟いた。
壱矢なのに壱矢っぽくなくて、身動き取れなくさせる彼の双眼が私を射抜いている。
綺麗で澄んだ、少し茶色がかった壱矢の瞳を私はこのとき初めて見た。
こんな目をしていたんだ…。
この瞳を、いったい何人が覗き込んで、いったいどれだけの人がこの瞳に見つめられたのだろう。