好きとか愛とか

少し、胃が痛い。

いい人と称されるだろう対象に優しく出来なかったときはいつも胃の奥の方がキリキリする。
恭吾に頭を下げ、重苦しい玄関のドアを開けた。
新鮮な空気が一気に広がり、私はそれを余すこと無く体内へ吸収するべく思いきり息を吸い込んだ。

 「げほっ、げほっ」

吸い込みすぎで激しくムセてしまった。
しかしそれでもなお深呼吸が止まらない。
窮屈な家から外に出ると、体が喜んで解放してもらいたがる。
朝の空気は何万倍も荒んで醜くなってしまった身体と心を癒してくれる。
振り返った先にある自分の家は、ホラー映画に出てくるようなうすら暗い廃屋にしか見えなかった。

今日もここに帰ってこなくてはならない。
家を出たばかりだというのに、もう気持ちが沈み始めている。
こんなことをあとどれだけ繰り返さなければならないのか…。
重たい気持ちのまま、学校までの道を歩き出した。

 「壱ちゃんおはよう」

学校につくと、クラスで唯一話をする安倍さんが話しかけてきた。
仲良しとまではいかないまでも、休憩になるとよく話をしたり時間を過ごしている。
学校でも一人でいようと思っていたが、彼女の人懐こさに絆されたといったところだ。
中学を出て初めて、少しは自分らしくいられる相手であることは間違いない。

 「おはよう」

努めて明るく見えるよう笑顔を作った。
笑うってこんなに難しかったっけ…。
再婚前にどう笑っていたのか、ごく自然に笑っていた自分はもう頭のすみにもいない。
こんなときは一人がいいとやはり、思ってしまう。

 「今日の体育ほんと嫌だなぁ…」

少しふっくらした頬をまた膨らませた安倍さんが、力無く肩を落とした。
どうやら相当体育が嫌いらしい。