記者に追っかけ回されている息吹が新居をここにしても、少しの間なら逃げ果せられるだろうという算段も事務所側にはあったようだ。




「息吹さん、本当にキャリーひとつだけなんだね」



そう言いながら美聖は息吹の手からするりとキャリーバッグの持ち手を代わって手にする。「ありがとう」と笑う息吹は、靴を脱いで美聖の家へ上がる。




「前のところ家具とか全部備え付けだったし、大切な物はあんまり作らないようにしようって思ってたから」




美聖は息吹の言葉に、胸の奥がちくりと痛む。大切な物を作らない人は、誰よりも大切にする人だ。


リビングに息吹を通しながら、美聖は彼女に微笑みかけた。


息吹のキャリーバッグはあまりにも軽い。だったら今からでも重たくしていけばいい。