九条賢人(くじょうけんと)side

少し前から春野の様子がおかしい。

二日目の予定を立て始めた翔太と今井が言い争うのを黙って見つめていた春野が今は俯きギュッと目をつぶっている。

腹痛なのか腹部に手を当てて摩っている様子がみてとれた。

俯く顔を覗き込むと、何かに耐えているかのように苦し気に眉間に皺を寄せている。

「春野?」

呼びかけると、春野はうつろな視線を向けた。

「……うん?」

「具合悪いのか?」

そう尋ねると、「ううん、大丈夫」と目を潤ませて微笑む。

絶対に大丈夫じゃなさそうな様子の春野にそわそわと落ち着かない気持ちになる。

今井は春野の異変の原因を知っているらしい。

「やっぱダメ?保健室行く?」とコソコソッと春野の耳元で尋ねた。

「そうしよっかな。少し横になれば治ると思うし」

「そっか。じゃあ、あたしが一緒に――」

「――俺が一緒に行く」

咄嗟に口走っていた。

翔太と今井が驚いたように目を丸くして俺を見つめる。

「あ―……、ほらお前らの方が予定決めんの得意そうだし。それに、今日中に決めなきゃじゃん?」

「え~、山上とじゃ決まるものも決まんない!」

「何だよその言い方は。結構傷付くんだけど」

「だってそうじゃん!!アンタとあたしはそりが合わないのよ!!」

「そういう悲しいこと言うなよ!マジ泣きそうなんだけど」

「全然悲しんでないじゃん」

「いや、こう見えて結構悲しんでますけど?」

二人が言い争っている間に「いこう。俺が付き添う」と春野を促した。

「大丈夫だよ。ひとりでいけるから」

「ふらついて階段落ちたら困るだろ」

「落ちないよ。全然平気」

俺に気を使っているのが手に取るように分かった。

「春野が平気でも俺が平気じゃない」

そう告げて少し強引に春野の腕を掴むと、ようやく諦めたのか春野はゆっくりと立ち上がった。

三階から一階の保健室に向かうまでの間、春野の足取りはとにかくあぶなっかしかった。

時々立ち止まって壁に手をついて反対側の手で腹部を摩る。

「いたたっ……」

どこがどう痛いのか俺にはよくわからなかったけど、春野の辛そうな顔があまりにも可哀想で見ていられない。

替われるものならかわってやりたい。

「ーー春野、危ない!」

そのとき、階段で春野の体がぐらりとふらついた。

思わず腰に腕を回して体を引き寄せる。

片時たりとも目を離せない。

やっぱり付き添って正解だった。

「あ、ありがとう」

「いや、別に」

春野の顔が赤くなったのに気付いて、慌てて春野の腰から手を離す。

男の自分とは違い、壊れてしまいそうなほど細く華奢な春野の腰の感触に心臓がドクンドクンッと鳴る。

保健室に辿り着き扉を開けると中は無人だった。

消毒液の匂いに満たされた保健室に足を踏み入れ、一番奥のベッドに春野を座らせる。

「大丈夫か?」

ようやくたどり着いてホッとしたのか春野の顔に安堵の表情が広がる。

上履きを脱ぎベッドに昇る春野。座ってこちらを見つめる春野の腹部に薄手のタオルケットをかける。

「ごめんね、九条……」

潤んだ瞳で見つめられて俺は首を振る。

「謝んなって。とりあえず少し休んだ方が良いよ」

「うん。ありがとう……」

辛いはずなのに俺を気遣い笑顔を浮かべる春野にたまらない気持ちになる。

春野が辛そうだと俺も辛い。

春野が楽しそうだと俺も楽しいし、春野が笑顔だと俺もつられて笑顔になる。

いつからか春野のことばっかり考えている。

キッカケが何かなんて分からないけど春野に惹かれているのは間違いない。

「後で連絡するから」

「うん」

クリーム色のカーテンを閉める。

春野が寝返りを打ったのか背後からパイプベッドのスプリングがギシッと軋んで少しドキリとした。