春野愛依side

あの後、賢人から連絡が入り試合が終わり今から帰るというので駅から徒歩数分で行ける公園で待つことを告げた。

こういう時だけは連絡が早いんだね、という言葉を呑み込む。

これから賢人と会うと話すと三花は大丈夫かと私に尋ねた。

親友の三花は私のことをなんでも分かってくれているみたい。

大丈夫だよって答えると、三花は『後悔のないようにね』と私の背中を押した。

三花に手を振って別れると、校門のあたりに立っていたいちかちゃんの姿を見つけた。

心の中で会いたくないなぁと呟き、背を向けているいちかちゃんに気付かれないように横を通り過ぎようとしたとき、何気なく振り返った彼女と目が合った。

とことんついてないと落胆すると、彼女は私の存在に気付き「待って!」と呼び止めた。

いちかちゃんと話すのは雨の日の昇降口以来で、今度はどんな攻撃をしかけてくるのかととっさに身構える。

「あのね……、こないだはごめんね」

突然の謝罪に面食らい私の口からは「へ?」という情けない声が漏れた。

「実はあの時、彼氏と……。あっ、今は違う人と付き合ってるから元カレなんだけど、その人とうまくいかなくて愛依ちゃんに当たっちゃったの」

「え。元カレって……」

頭の中で整理しきれずに聞き返すと、彼女は可愛らしい笑みを浮かべて言った。

「ああ、賢人じゃないよ。賢人と別れてから2人目の元カレ。今は二年の子と付き合ってるんだ」

「……賢人と別れてから3人目の彼氏ってこと?」

「そう。それで、愛依ちゃんに悪いことしたなってずっと思ってて」

今の恋はうまくいっているんだろう。

私の目の前にいるのは目を吊るし上げて嫌味なことをいうムカつく女ではなく、ほわんっとした恋する乙女そのもののいちかちゃんだった。

ふわっとしてて柔らかい口調で男受けしそうな彼女。

幸せそうな彼女の様子からして、ようやく自分を取り戻したんだろう。

賢人にちょっかいを出したり、私に嫌味を言って困らせたりしていたのは彼女の恋がうまくいっていなかったせいだったのか。

恋は人を狂わせるいい例だと思った。

「一つ言わせてもらってもいい?」

「うん。もちろん!何でも言って!」

その言葉に私はにこりと微笑んだ。

「元カノの自分の方が賢人のことをよーく知ってるみたいな言い方、ホントにムカついた。私の前で賢人って名前で呼ぶのもやめて。今カノの私がどうやったら傷付くか分かってて言葉選んでるところも無理だったし、浴衣の話された時はこの意地悪女が元カノなんてありえないって賢人の女の趣味を疑った。最後言いたいことだけ言って走って逃げたとき、本当は追いかけて行って髪の毛掴んでぶん殴ってやりたいって思ってた」

「えっ、ちょっ……」

「自分が彼氏とうまくいってないからって人に当たらないでよ。私、何にも悪いことしてないじゃん。いちかちゃんのことで何度賢人を責めたか数え切れないよ。それぐらい、あなたの存在は私にとって嫌な存在だった」

何でも言ってと言っていたいちかちゃんに私は自分の気持ちをぶつけた。

「でも、今日話せてよかった。いちかちゃんの存在を意識して引きずっていたのは賢人じゃなくて私なんだって気付けたから。だけど、これからは自分の恋愛がうまくいかないからって関係ない人巻き込んで嫉妬して傷付けるのはやめなよ。いつか絶対にしっぺ返しがくるよ」

「うん……」

「賢人の今カノが私じゃなかったら、今頃学校中の女子からハブにされてると思う。とにかく、いちかちゃんのしたことはそれぐらいのことだってちゃんと自覚してね」

「ごめんなさい……。もう二度としません……」

苦虫を噛み潰した顔をするいちかちゃんに私はふふっと笑った。

「その顔、やめな。いちかちゃんは笑ってた方が可愛いから」

「……ねえ、さっき一言っていってたよね?」

「一言で済むわけないよ。あの時、目をこーんな風に吊り上げて悪魔みたいな嫌な顔してたんだから」

両方の人差し指で瞼を吊り上げる。

「あたしそんな怖い顔してないもん」といちかちゃんは可愛い子ぶって言う。

「本当に……ごめんなさい。もう賢人……あっ、九条君には関わらないから。あっ、今は隣同士の席なんだけど、話したりもしないから」

「……そっか。二人は隣同士なんだね」

私が呟いた時、いちかちゃんの彼氏なのか長身の男の子が私たちの元へ近付いてきた。

「じゃあ、あたしいくね。バイバイ」

「うん。バイバイ」

いちかちゃんに手を振ると、隣にいた彼氏も小さく頭を下げた。

愛おしそうに彼氏の腕に自分の腕を絡ませて歩き出すいちかちゃんは、見ているこっちが悔しくなるほどに幸せそうな笑顔を浮かべていた。