食事を終えて部屋に戻ると私達は床に座り込んでテレビゲームに熱中した。

普段あまりゲームをしない私は賢人にやり込められすぐに負けてしまう。

「もう一回!」とムキになって再戦を申し込むとそのたびに賢人は「何回やっても勝てないって」とケラケラ笑う。

それでも私がずっと負け続けるとさすがに手を抜いて私を勝たせてくれた。

台風はこの数時間の間にどこかへ上陸して勢力は衰えたらしい。今も雨風はすごいけど、下校時ほどではない。

部屋の時計に目を向けると16時を回っていた。

「雨、やまないね」

立ち上がってカーテンをわずかに開けて外の様子を伺っていると、突然後ろから抱きしめられた。

「賢人……?」

賢人は何も言わずにギュッと私の胸の上と腹部に腕を回す。

その腕に触れたのを合図に私達はもつれ合うようにベッドに倒れ込んだ。

言葉なんていらないぐらいに昂っていた私は賢人の背中に腕を回してギュッとしがみついた。

それに応えるように賢人が私を抱きしめる。

「……いい?」

「うん」

不安と緊張でどうしたってガチガチに体が強張ってしまう。

私の頭を撫でながら賢人は優しく唇を重ね合わせる。

余裕のない私とは対照的に賢人は終始落ち着いていて私の反応を確かめながら「大丈夫?」と優しく声をかけてくれる。

一つに結ばれた時、私の目から涙が零れ落ちた。

それに気付いた賢人がそっと涙を拭ってくれて、更に涙が溢れる。

「可愛い」

心も体も賢人で満たされて幸せだったはずなのに、どうしていちかちゃんの顔が瞼に浮かんでしまうんだろう。

「辛くない?」

「うん。大丈夫」

ベッドの中でぎゅっと私を抱きしめながら私の体の心配をしてくれる賢人だけど、心中は複雑だった。

はっきりと聞いたわけじゃないけど賢人が初めてじゃなかったことはすぐに分かった。

経験があるからあんなに落ち着いていたんだと思う。

どうして私の初めては賢人なのに、賢人の初めての相手は私じゃないんだろう。

賢人が今私を優しく抱きしめてくれているように、いちかちゃんのこともこうやって抱きしめたんだろうか。

いちかちゃんのことも「可愛い」って言ってキスをしたの?

「可愛い」って頭を撫でたの?

そんなことばかりが頭に浮かびあがってきて私を苦しめる。

さっきまではいちかちゃんのことなんてすっかり忘れてしまっていたのに、突然こんな風に思い出してしまうなんて。

「愛依、どうした?」

「ううん、なんでもない」

ギュッと賢人にしがみつくと、それに応えるようにして賢人は私を抱きしめてくれる。

人肌が恋しいってこういうことをいうのかな。

ピタリと隙間なくくっついていないといつか賢人がどこかへ行ってしまうような気がした。

例えば、2年付き合った賢人といちかちゃんが別れてしまったようにいつか私たちも……。

あんなに幸せで満たされていつ破裂してもおかしくない大きな風船みたいな気持ちが、徐々にしぼんでいく。

突然針で穴を開けられてパチンって弾けるんじゃなくて、時間がたつとしなびれて小さくなる風船みたいに。

そのとき、枕元にあった賢人のスマホがブーッブーッと音を立てて鳴りだした。

「待って、私とるよ」

スマホを掴み上げて渡そうとしたとき、画面のポップアップに映し出された文字がちらりと見えた。

見ようとしたんじゃない。見えてしまった。

【亜子:今どこ?】

間違いなく女の子の名前だった。

「ありがと」

スマホを受け取った賢人は画面をタップした途端、わずかに表情を固くした。

「……私、そろそろ帰ろうかな。親心配すると思うし」

「あー、分かった。制服乾いてるかな。ちょっと見てくるわ」

賢人がベッドから出て行くと、ぬくもりが一気に消え失せる。

その代りに全身を焦燥感が包み込む。

浴室乾燥機で乾かしてくれた制服を取りに部屋を出て行った賢人。私の目の前には賢人のスマートフォンがある。

ドクンドクンッと心臓が不快な音を立てて鳴り始めた。

そっと手を伸ばす。

画面をタップすれば亜子という女の子と賢人の関係を知ることができるかもしれない。

だけど……。

「って、無理!」

私は慌てて手を引っ込めた。人のスマホを勝手に見るなんて絶対にありえない。

私が逆だったらやましいことなんて何一つなかったとしても絶対に嫌だから。

スマホなんて個人情報の塊だし、そんなものをいくら彼女だからって勝手に見ることは許されない。

「制服乾いてた」

「……ありがと」

部屋に戻って来て制服を差し出す賢人の目を私は直視できなかった。