下駄箱で靴に履き替えて昇降口を出る。帰宅部の私がこんな時間まで学校に残っているのは珍しい。
賢人の姿を一目見ようとサッカー部が練習しているグラウンドに近付いていく。
少し薄暗くなり始めているというのにサッカー部は今も必死にボールを追いかけている。
8月から始まった地域の選手権予選でサッカー部は順当に勝ち上がっているらしい。
負けたら終わりのトーナメント方式だから一瞬の気も抜けないと賢人は真剣に話していた。
このまま勝ち続けて11月の決勝戦に勝てば、12月の終わりから1月にかけての全国高校サッカー選手権大会に出場できる。
賢人は目を輝かせていたけど、私はほんのちょっぴり複雑な気持ちだった。
夏の大会が終わればもっとたくさん会えると思っていたけど、勝ち続ければ冬まで練習尽くしということ。
そうなったらこの先もずっと会えない日々が続くということ。
「ダメダメ!こんなこと考えるなんて最低だ」
賢人にとってサッカーはなくてはならないものだし、そこはちゃんと受け入れないと。
自分自身を戒めながらグラウンドが良く見える位置までやってきて私は賢人の姿を探した。
グラウンドで試合をする人たちの中に賢人の姿はない。どうやら今は3年対1年の試合をやり、2年生は休憩しているらしい。
グラウンドのそばの木の下に腰を下ろして休憩している2年の中に賢人の姿はない。
そのとき、部員たちから少し離れた場所にいる男女の姿に目がいった。
「え……」
自然と言葉が漏れた。
賢人といちかちゃんが親し気に言葉を交わしている場面を目撃した私は固まった。
どうして二人が一緒にいるのか笑顔で言葉を交わしているのか全く分からなくて、ただただ混乱する。
ふたりに接点があるなんて知らなかった。
「ねえねえ」って声をかけてきたあの可愛い笑顔を賢人に向けていると思うだけで焦燥感が体を覆い尽くす。
どういう関係なの?なんでそんな楽しそうなの?ねぇ、なんで。なんでよ。
賢人が女子としゃべっていてもいい。
私だって男子と言葉を交わすことぐらいあるしそんな風に束縛したりしない。
でも、二人の間には同級生だからとか友達だからとそういう関係性以上の親密さが感じ取れた。
いちかちゃんの賢人を見つめる目には消しようもない恋心が浮かび上がっている気がする。
「あれ、春野じゃん。何見てんの?」
後ろからやってきたのは山上君だった。
横に並ぶと私の視線の先を目で追った山上君が「あぁー……」と言葉にならない声をあげた。
「どう思う?」
山上君に尋ねると、逆に「どこまで知ってる?」と質問返しされてやっぱり二人には何かあると確信する。
賢人と山上君は中学からの仲だし、きっと私が知らない賢人をたくさん知ってる。
「……なんとなくは知ってる」
本当は全然何も知らない癖にグッと奥歯を噛みしめて私は嘘をついた。
知らないって言えば「賢人に直接聞いて」って言われるのは目に見えていたから。
山上君はそういうところしっかりしてる。ごめんね、山上君。でも、知りたい。
今すぐ二人がどんな関係なのか聞いておかないと、嫉妬で心がバラバラになりそうだった。
「あいつら中2から高1の夏まで付き合ってたけど、今はただの友達だよ。なんか用があってしゃべってるだけだろ」
山上君の言葉に私は打ちひしがれた。信じられないぐらい混乱し、動揺する。
「……いちかちゃんが賢人の元カノってこと?」
私の声が震えているのに気が付いて山上君がハッとしたように目を見開いた。
「ちょっと待って。春野それ知ってたんだよな?」
私が首を横に振ると山上君はやってしまったとばかりにため息を吐いた。
「ごめん、俺……」
「違う。謝らないといけないのはこっちだよ。私が嘘ついたのが悪いの。山上君は何も悪くないから」
「春野、誤解しないでくれよ。あいつらはもう何にも関係ないから」
「本当にごめんね。じゃあ、また明日」
慌てた様子の山上君に微笑むと手を振って歩き出す。
「春野!賢人に会いに来たんじゃないのか??」
「ううん、違うよ」
賢人といちかちゃんはいまだ楽しそうにおしゃべりをしていて、私の存在には全く気付かない。
ぐっと唇を噛んで私はしかめっ面のまま校門を抜けて家まで歩いた。
悶々とした気持ちを抱えたまま自宅に帰り着いてテーブルの上に数学の教科書とノートを広げてみる。
何かをしていないとどうにかなってしまいそうだった。
でも、こんな状況で勉強なんてできるはずもない。
夕飯も食べずにただ床にぺたりと座ったままシャープペンを握り締め、数時間が経過していた。
記憶の中から追い出そうとしても賢人といちかちゃんの姿がムカつくほどハッキリと浮かび上がってくる。
「賢人の元カノ……」
まるで稲妻に打たれたかのようなとんでもない衝撃だった。
私が賢人と付き合うことが初めてのように、賢人も私が初めてだって何故か根拠のない自信を持っていた。
私と付き合う前フリーだったからって、ずっと彼女がいなかったわけじゃないってよく考えれば分かることなのに。
勝手に決めつけてたから賢人の過去の恋愛話なんて聞こうともしなかった。
だからきっと賢人だってわざわざ言わなかったんだと思う。
正直、元カノの話をされてもいい気はしないし、聞きたくもない。
そう思う反面、二人が積み上げてきた歴史のすべてを知りたいとすら思う。
そんな明らかなる相反した感情に私は苦しめられる。
賢人の元カノが全く知らない子だったらまだ少しは楽だったかもしれない。
でも、相手はいちかちゃんだと知ってしまった。
中2から高1まで付き合ってたということは二人は約2年間付き合ってたということ。
いちかちゃんとは2年で私とはまだ1か月。2年という歳月が途方もないほど長く感じられる。
どっちから好きって告白したんだろう。手とか繋いだのかな。キスもした?
それとももっと先まで……二人はしたの?
それに、さっきのいちかちゃんの言葉が気にかかる。
『先生がっていうか……一緒のクラスになりたかった人がいるの』
『そうなんだ。え、誰?もしかして、好きな人?』
何も知らずにそんなことを尋ねた自分を殴りつけてやりたい。
私と賢人の関係をいちかちゃんが知っていたかどうかは分からないけど、彼女は私の名前を知っていた。
これは想像でしかないけど、きっと彼女は私が賢人と付き合ってるって知っていて声をかけてきた。
そして、今カノの私を前にあんなことを……。
「私、ケンカ売られたの?しんじらんない!ありえないんだけど!」
私はベッドにダイブして枕に顔をギュッと埋めた。
時計の針は21時を回っている。いつもだったらこの時間に部活を終えた賢人から電話がかかってくるはずなのに今日はない。
今もまだいちかちゃんと一緒にいるってことはないよね……?
「……あっ!」
スマホがブルブル震えた気がして枕から顔を離して弾かれたように放り投げていたスマホを手に取る。
でも、震えたと思ったのは気のせいで賢人からの連絡はなかった。
スマホの待ち受けは牧場で撮った二人の笑顔の写真だ。
「賢人……」
固い画面を指で触れても、賢人は何も言ってくれない。
なんだか胸が苦しくなってきて私は再び枕に顔を埋めた。
賢人の姿を一目見ようとサッカー部が練習しているグラウンドに近付いていく。
少し薄暗くなり始めているというのにサッカー部は今も必死にボールを追いかけている。
8月から始まった地域の選手権予選でサッカー部は順当に勝ち上がっているらしい。
負けたら終わりのトーナメント方式だから一瞬の気も抜けないと賢人は真剣に話していた。
このまま勝ち続けて11月の決勝戦に勝てば、12月の終わりから1月にかけての全国高校サッカー選手権大会に出場できる。
賢人は目を輝かせていたけど、私はほんのちょっぴり複雑な気持ちだった。
夏の大会が終わればもっとたくさん会えると思っていたけど、勝ち続ければ冬まで練習尽くしということ。
そうなったらこの先もずっと会えない日々が続くということ。
「ダメダメ!こんなこと考えるなんて最低だ」
賢人にとってサッカーはなくてはならないものだし、そこはちゃんと受け入れないと。
自分自身を戒めながらグラウンドが良く見える位置までやってきて私は賢人の姿を探した。
グラウンドで試合をする人たちの中に賢人の姿はない。どうやら今は3年対1年の試合をやり、2年生は休憩しているらしい。
グラウンドのそばの木の下に腰を下ろして休憩している2年の中に賢人の姿はない。
そのとき、部員たちから少し離れた場所にいる男女の姿に目がいった。
「え……」
自然と言葉が漏れた。
賢人といちかちゃんが親し気に言葉を交わしている場面を目撃した私は固まった。
どうして二人が一緒にいるのか笑顔で言葉を交わしているのか全く分からなくて、ただただ混乱する。
ふたりに接点があるなんて知らなかった。
「ねえねえ」って声をかけてきたあの可愛い笑顔を賢人に向けていると思うだけで焦燥感が体を覆い尽くす。
どういう関係なの?なんでそんな楽しそうなの?ねぇ、なんで。なんでよ。
賢人が女子としゃべっていてもいい。
私だって男子と言葉を交わすことぐらいあるしそんな風に束縛したりしない。
でも、二人の間には同級生だからとか友達だからとそういう関係性以上の親密さが感じ取れた。
いちかちゃんの賢人を見つめる目には消しようもない恋心が浮かび上がっている気がする。
「あれ、春野じゃん。何見てんの?」
後ろからやってきたのは山上君だった。
横に並ぶと私の視線の先を目で追った山上君が「あぁー……」と言葉にならない声をあげた。
「どう思う?」
山上君に尋ねると、逆に「どこまで知ってる?」と質問返しされてやっぱり二人には何かあると確信する。
賢人と山上君は中学からの仲だし、きっと私が知らない賢人をたくさん知ってる。
「……なんとなくは知ってる」
本当は全然何も知らない癖にグッと奥歯を噛みしめて私は嘘をついた。
知らないって言えば「賢人に直接聞いて」って言われるのは目に見えていたから。
山上君はそういうところしっかりしてる。ごめんね、山上君。でも、知りたい。
今すぐ二人がどんな関係なのか聞いておかないと、嫉妬で心がバラバラになりそうだった。
「あいつら中2から高1の夏まで付き合ってたけど、今はただの友達だよ。なんか用があってしゃべってるだけだろ」
山上君の言葉に私は打ちひしがれた。信じられないぐらい混乱し、動揺する。
「……いちかちゃんが賢人の元カノってこと?」
私の声が震えているのに気が付いて山上君がハッとしたように目を見開いた。
「ちょっと待って。春野それ知ってたんだよな?」
私が首を横に振ると山上君はやってしまったとばかりにため息を吐いた。
「ごめん、俺……」
「違う。謝らないといけないのはこっちだよ。私が嘘ついたのが悪いの。山上君は何も悪くないから」
「春野、誤解しないでくれよ。あいつらはもう何にも関係ないから」
「本当にごめんね。じゃあ、また明日」
慌てた様子の山上君に微笑むと手を振って歩き出す。
「春野!賢人に会いに来たんじゃないのか??」
「ううん、違うよ」
賢人といちかちゃんはいまだ楽しそうにおしゃべりをしていて、私の存在には全く気付かない。
ぐっと唇を噛んで私はしかめっ面のまま校門を抜けて家まで歩いた。
悶々とした気持ちを抱えたまま自宅に帰り着いてテーブルの上に数学の教科書とノートを広げてみる。
何かをしていないとどうにかなってしまいそうだった。
でも、こんな状況で勉強なんてできるはずもない。
夕飯も食べずにただ床にぺたりと座ったままシャープペンを握り締め、数時間が経過していた。
記憶の中から追い出そうとしても賢人といちかちゃんの姿がムカつくほどハッキリと浮かび上がってくる。
「賢人の元カノ……」
まるで稲妻に打たれたかのようなとんでもない衝撃だった。
私が賢人と付き合うことが初めてのように、賢人も私が初めてだって何故か根拠のない自信を持っていた。
私と付き合う前フリーだったからって、ずっと彼女がいなかったわけじゃないってよく考えれば分かることなのに。
勝手に決めつけてたから賢人の過去の恋愛話なんて聞こうともしなかった。
だからきっと賢人だってわざわざ言わなかったんだと思う。
正直、元カノの話をされてもいい気はしないし、聞きたくもない。
そう思う反面、二人が積み上げてきた歴史のすべてを知りたいとすら思う。
そんな明らかなる相反した感情に私は苦しめられる。
賢人の元カノが全く知らない子だったらまだ少しは楽だったかもしれない。
でも、相手はいちかちゃんだと知ってしまった。
中2から高1まで付き合ってたということは二人は約2年間付き合ってたということ。
いちかちゃんとは2年で私とはまだ1か月。2年という歳月が途方もないほど長く感じられる。
どっちから好きって告白したんだろう。手とか繋いだのかな。キスもした?
それとももっと先まで……二人はしたの?
それに、さっきのいちかちゃんの言葉が気にかかる。
『先生がっていうか……一緒のクラスになりたかった人がいるの』
『そうなんだ。え、誰?もしかして、好きな人?』
何も知らずにそんなことを尋ねた自分を殴りつけてやりたい。
私と賢人の関係をいちかちゃんが知っていたかどうかは分からないけど、彼女は私の名前を知っていた。
これは想像でしかないけど、きっと彼女は私が賢人と付き合ってるって知っていて声をかけてきた。
そして、今カノの私を前にあんなことを……。
「私、ケンカ売られたの?しんじらんない!ありえないんだけど!」
私はベッドにダイブして枕に顔をギュッと埋めた。
時計の針は21時を回っている。いつもだったらこの時間に部活を終えた賢人から電話がかかってくるはずなのに今日はない。
今もまだいちかちゃんと一緒にいるってことはないよね……?
「……あっ!」
スマホがブルブル震えた気がして枕から顔を離して弾かれたように放り投げていたスマホを手に取る。
でも、震えたと思ったのは気のせいで賢人からの連絡はなかった。
スマホの待ち受けは牧場で撮った二人の笑顔の写真だ。
「賢人……」
固い画面を指で触れても、賢人は何も言ってくれない。
なんだか胸が苦しくなってきて私は再び枕に顔を埋めた。