スマホをポケットに押し込んで、転がり落ちるんじゃないかっていうスピードで階段を駆け下りて行く。

「友達きたからちょっと出てくるね!!」

返事が返ってくるより先に玄関の扉を開けて外に飛び出すと、門扉の前に賢人がいた。

最後に会ったのは一週間前。そのときは賢人の部活が終わった後に、ファミレスで一緒にご飯を食べた。

会えなかった一週間の間に、私はさらにまた賢人を好きになってしまった。

私の賢人への好きの気持ちに天井はあるんだろうか。

今すぐ駆け寄っていってギュッと抱き着きたいけど、ここは家の前だしぐっと気持ちを抑える。

「久しぶり」

少し余裕ぶって微笑むと、賢人がふっと目を細めて笑った。

「会いたかった」

そう言うと、私の手をそっと握る。

「ちょっとだけ時間ちょうだい?」

頷くことがやっとの私の頭を優しく撫でると、賢人は私の手を引いて歩き出した。

やってきたのは家から徒歩2、3分の小さな公園だった。

ブランコと鉄棒しかない公園に足を踏み入れて古ぼけたベンチに腰を下ろす。

ベンチの近くに小さな電灯があるおかげでかろうじて賢人の顔を認識できた。

夜って独特な匂いがする。花火のときの記憶が蘇ってなんだか落ち着かない。

「ごめんな、なかなか会えなくて」

ベンチに座ってからも私達は指と指を絡めた恋人繋ぎの状態で手を握り合わせたままだった。

会えなかった日を埋めるかのようにぴったりと手のひらを重ね合わせる。

「気にしないでいいよ。賢人が部活忙しいの分かってるし、それを知ってて付き合ったんだし。それぐらい我慢できるから」

「でも、本当はどっか行ったりしたかったよな。プールも映画も結局行けなかったし」

私はブンブンっと首を横に振った。

「いいよ、別に。どっか行けなくてもこうやって一緒にいられるだけで幸せだから」

「でもさ……」

賢人が私のことを考えてくれていることはちゃんと分かってる。

私が不安にならないようにって連絡もたくさんくれるし、こうやって疲れていても部活の後に会いに来てくれる。

だからどこかへ遊びに行ったりしなくても私は大丈夫。我慢できるよ。

「前に言ったでしょ?賢人のこと応援するって。だから、気にしないでいいよ。予定だって私が賢人にあわせればいいし。だから気にしないで?」

誰かと付き合うのは賢人が初めてだけど、多分誰だってこう言うだろう。

彼氏を応援するのが彼女の役目のはず。

「愛依は優しいな」

「優しくはないけど、でももしそうなんだとしたら賢人限定かな」

「俺限定?」

「そう。大好きな賢人の為なら私なんだってするよ」

隣で座る賢人の肩にもたれかかる。

賢人と一緒にいると、私は自分のキャラがよく分からなくなる。

昔からぶりっ子とは無縁のさっぱりしたタイプだったのに、賢人にだけはべったりとくっついて甘えたくなってしまう。

自分が自分じゃなくなっていくみたいだけど、そんなもろもろを含めてこれが誰かを好きになるってことなんだと思う。

自分の賢人への想いを再確認する。

「ヤバい」

なぜか賢人は目を左手で覆って絞り出すように言った。

「何がヤバいの?」

「俺、今結構色々我慢してんの。そういう可愛いこと言われると……」

「言われると?」

顔を覗き込んだ瞬間、賢人は唐突に顔を近づけて私の唇を優しく奪った。

何回しても賢人とのキスは新鮮だった。

ファーストキスをしてからまだそんなに経ってないのにもっとしてって思っちゃう。

唇が触れ合っている間、全部が繋がっている気がするから。

賢人に左手で頭を撫でられて私は幸せにふふふっとはにかむ。

「でも、俺の為に無理しないで欲しい。これからもできるだけ会う時間とるし、連絡もする」

「うん」

「これからもずっと愛依と一緒にいたい」

「私も賢人とずっと一緒がいい」

「好きだよ、愛依」

好きって言われるたびに、愛依って名前を呼ばれるたびに、私はもっともっと賢人を好きになる。

世界で一番、大切で愛おしい人。

今日で夏休みが終わる。時間の流れは早く、あっという間だ。

でも、私たちはずっとずっとこのまま続く。

この頃の私はそう信じて疑わなかった。