修学旅行二日目、朝食を済ませてせわしなく準備をして荷物をまとめる。

出発時間になりホテルのロビーで先生の話を聞くと、すぐに班行動となった。

翔太の希望を通りホテルからさほど遠くない距離にある牧場へ向かった。

「うわぁ~。なんか空気が美味しい~!」

「うん。気持ちいい~!」

俺以外の3人が目をつぶって深呼吸を繰り返す。

到着してみると、同じ予定を組んだのか他のクラスの人間も大勢いた。

家族経営によってなりたっている牧場はアットホームだった。

芝の上で猫が横になってくつろいでいるところを春野と今井は可愛い可愛いと何枚も写真を撮っていた。

二人が十分猫と戯れたあとで乳しぼり体験の列に並ぶことになった。

「私初めてなんだ。すごい楽しみ!」

「俺も!」

他の人がやっている様子を目を輝かせて眺めている春野と翔太とは対照的に今井は目の下を引きつらせている。

「大丈夫か?」

尋ねると今井は顔をしかめた。

「ねぇ、まさかと思うけどしぼりたて牛乳飲むとかないよね……?あたし、牛乳苦手なの……。しかも、生暖かいのなんて絶対に無理……。ソフトクリームとかならいいんだけどさ」

「搾りたてでも殺菌してからじゃないと飲めないんじゃね?」

「だよね。でも、牧場の人たちいい人なのに残したら悪いよね……。あたし、食べ物とか飲み物残すなって昔から親に口酸っぱくして言われてんのよ」

今井の言葉に目を丸くする。

派手なタイプの今井だけど、意外に律儀な性格のようだ。

「ああ、そういうことか。大丈夫だ、そのときは俺が代りに飲むから」

「……マジで?いいの?」

「いいよ」

「さっすが~!やっぱ九条は良い奴だ!ありがと」

バシッと腕を叩かれ、「うっ」と声が出る。

「いってぇ……」

「ねぇねぇ、愛依~!」

牛乳を飲まずに済むことになったからかテンションの上がった今井が春野の腕に自分の腕を絡める。

「乳しぼりしてるとこお互いに写真撮りっこしようね」

そう言ってニコニコしている春野の横顔を見ていると、思わず顔が緩む。

そのとき、乳しぼりを終えた別のクラスの男数人が俺達の列の横を通り過ぎていこうとしていた。

一人の男の視線が春野に飛んだのを俺は見逃さなかった。

その視線は明らかに春野への好意が見て取れた。春野はそれに気付かず、今井と楽しそうにおしゃべりを続ける。

心の中がざらつく。言いようもない不安が込み上げてきて俺はとっさに春野の名前を呼んだ。

春野だけでなく男はその場に立ち止まって驚いたように俺を見た。

「うん?」と振り返った春野が首を傾げる。

「俺が写真撮るよ」

「いいの~?ありがと!」

一歩近づくと、春野が笑った。

牽制するように、視線を向けると男はグッと奥歯を噛みしめて通り過ぎていった。

自分の幼稚さが嫌になる。こんなにも独占欲丸出しにするなんて自分でも信じられなかった。

今以上にもっと春野に近付きたい。今は友達だけど、友達のまま終わるのは絶対に嫌だ。

このとき、俺は自分の想いを痛いぐらいに実感させられた。