魔法…と口に出す間もなく。
 体中が熱くなった。
 ピカッと身体が白く光ったかと思うと「これでよし」と男性に言われたので首を傾げる。
「どうぞ、鏡で見てください」
 男性に言われ、壁にある鏡を恐る恐る見ると。
 鏡に知らないオバサンが映っていたので、「ぎゃー」と悲鳴をあげた。
「誰、この女は」
 じっと眺めると、鏡に映る女は私と同じ動作を真似している。
 茶色い髪の毛に茶色い瞳。
 頬にはうっすらと小さなシミがあるではないか。
 顔はうるおいを失い、くすんで見える。
 ただ、輪郭や鼻の形は自分そっくりだ。

「アハハハハハハ」
 手を叩いて笑う男を思いっきり睨みつける。
「年齢を20歳ほどプラスして、髪の毛と瞳の色をいじりました。ま、それでも美人だから目立ってしまうんですけどね。ブスにされるのは嫌でしょ」
「……」
 ショックを通り越して声が出てこない。
 何でいきなり、初対面の男に魔法をかけられているのだろう。

 フラフラと椅子に座り込んで。
 頭を抑え込む。
「次第に慣れてきますよ」
「…この国は魔法が使えないって聞いていたんですけど」
 ガンガンと頭が痛む。
「そうなんですよ。魔法は基本的に使えません。ですが、守らない人間だっている」
「…なるほど」
 もう考えるのも面倒臭くなって、相槌を打った。
「ミスマルティネス。貴女はこれから、アリア・ミューゼスという名で生きてください。年齢は40歳。元貴族の未亡人っていう設定で、夫を亡くして屋敷を出て引っ越し、街はずれで静かに暮らすっていうことにします」
「…もう勝手にどうぞ」
 完全に、この国では別人として生きるしかないんだ。
 はぁぁぁと大きなため息をつくと。
 男は立ち上がった。
「家まで送りましょう」
 にっと不気味に笑うと。
 男はドアを開けた。