なんとなく…だけど。
 嫌な予感はしていた。
 顔が良くて、芸能人のようなピカーと光り輝くようなオーラを出して。
 服を見るからに、うん。金持ち。
 サラサラとした濃い茶色の髪の毛をなびかせて。
 …こっちの言うことは一切、聴かない。
 練習しない。弾いたかと思えば「ピアノ弾くの飽きた」と言ってどこかへ行ってしまう。
 いや、たかがレッスン時間30分ですけど?
 ピアニストなるなら、遊ぶ時間削ってでも弾かなきゃ、指かたくなるよ?

「エアー様、死にそうな顔していますけど」
 木曜日になると、私の気持ちはどんどん憂鬱になる。
 イチゴちゃんが生徒になって1ヵ月。
 もう、クビにしてくれないかなという気持ちでいっぱいになった。

 テーブルに突っ伏してため息をついていると。
「一度、その子のお兄様に会われたらいかがですか?」
 テーブルに、とんっとお皿を置いたシナモンは。
 目の前に座った。
 シナモンは侍女という立場とはいえ、親友のような関係になった。
 食事を共にし、休みの日は一緒にお買い物に出かける。
 気を遣って皆の前だけではなく、2人きりのときも「アリア様」ではなく「エアー様」と呼ぶようになった。

 イチゴちゃんの家は、常に彼女一人しかいない。
 見るからに庶民ではないであろう彼女が何故、一人でいるのか。
 それをシナモンに言うと、シナモンはご近所のネットワークを駆使して調べてくれたらしい。
「なんでも、あの家のご長男はこの町の領主様だそうですよ」
「りょうしゅ?」
 ピクピクッと眉毛が勝手に動く。
「ご身分の関係上、ご長男は町はずれにある大きな城みたいな屋敷に住んでいるんですって」
「…え、なんで妹と暮らさないの? そもそもご両親は?」
 シナモンが作った野菜スープを口にする。
 シナモンの作った料理は凄く美味しくて元気が出る。
「2人ともご病気でお亡くなりになったそうです」
「そう…」
 スプーンを置く。
「ご長男は父親の跡を継いで領主になり、ご結婚されて…、ご兄妹で暮らしていないのは、そのイチゴ様という方が通学する際不便になられるからという理由で、あの家を建てたそうですよ」
「…通学の為に一軒家建てたの…へえ」
 ごくりと音を立ててニンジンを飲み込んだ。
 12歳であれだけ好き勝手に振舞っているのは、彼女自身を甘やかしているお兄さんがいるせいなのか。

 他人の家庭事情を知った瞬間。
 ずしーんと身体が重たくなった。
 イチゴちゃんと、自分が似ている部分を知ってしまった。
 けど、あそこまでひねくれてはいない。
 だけど、もしかして私も昔はあんなふうに周りの目に映っていたのかと思うと。
 落ち込んでくる。