帰り道を奪われて

そう思いながら紫乃がお茶を一口飲むと、目の前に座っているサルタヒコの唇が再び動き始める。

「ご飯を食べたら、すぐに私の屋敷へ行こう。使用人たちにはもう風呂の準備はさせてあるから、ゆっくり風呂に浸かるといい。風呂に入った方が体も温まるだろう」

「えっ？」

この人は今何と言った？紫乃の心の中に少しずつ恐怖が積もっていく。ドクドクと心臓が跳ね出した。

「まさか、昨日祭りをするとは思っていなかったから、まだ君の着物や部屋は全て揃っていないんだ。でも不自由はさせないと約束しよう」

サルタヒコの話す「屋敷」がどこにあるのかなど紫乃には想像することすらできない。だが、彼とついて行けばもう二度と珠子たちに会うことはできないかもしれないということだけはわかった。

「あのッ！あたし、村に帰ります。みんな心配してると思うので」

これ以上彼と一緒にいるのは危険だと本能が警告し、紫乃は立ち上がる。そして、サルタヒコの言葉を聞かずに御社殿の外へと飛び出した。