ここは、彼方の世界。

白で埋め尽くされた、あたたかくて、少しだけ眩しい世界。

その世界に、露は一人だった。


(…ここは…)


辺りを見回した彼女。

まるで、雲の中にいるような世界。

身体がふわふわと浮いているようにも思えるし、立っているようにも感じる。

不思議な感覚のなかで、それでも意識だけは確かにはっきりとしていた。


(…そっか…わたし…)


あの時の衝撃を思い出す。


(…死んだんだね…)


死人に首筋を噛みちぎられ、痛みに耐えながらも徐々に薄れていく意識。

露の脳裏に、沙耶と拓人の悲痛な表情がおぼろげな記憶として浮かぶ。

しかし今は、噛まれた傷の痛みはない。

自らの首筋に触れようとした露だったが、どこにもその感触が見あたらない。


(…そっか…)


露はふと、気づいた。

傷が無くなったのではなく、そもそも今の自分には肉体がないのだろう。

手足を見ると、輪郭だけがおぼろげに残り、その向こう側が透き通って見える。

十七年もの長い間、朝倉露として共に過ごしてきた肉体。

愛着があって当然だった。


(人って、こんな簡単に消えちゃうんだね…)


今残っているのは、意識だけ。


(これが「魂」なのかな…)


露は思いのほか、冷静だった。


(……)


気づいたように、あたりを見回した露。


(ふたりは、どうしたかな…)


二人とは、拓人と沙耶のこと。

するとなぜだか露は、今の自分の行動が不意に可笑しくなってしまい、心の中でクスクスと小さく笑った。


(なんか、いつもこうだったね…)


拓人と沙耶の面影を思い出す。


(昔からずっと、こうして二人のこと探してたな…私…)


いつも一緒にいてくれた二人。

いつも露の面倒を見てくれた二人。


(私ってほんと…二人のこと大好きだよね…)


「もう会えないのにね…」と、心の中で自嘲した露の意識。

言葉にしなくても、露の表情を少し寂しげなものに変えた。