露は小さい頃、自分のことを「つーちゃん」と呼んでいた。

周りからは「つゆちゃん」と名前で呼ばれているのに不満なのか、たまに露と名前で呼ぶとなぜか無視したりもする。

それが俺の幼なじみの、朝倉露だ。

だいぶ大きくなってから、そういえばなぜあの時、自分を「つーちゃん」と呼んでいたのかを聞いてみたことがある。

すると露は「周りがみーちゃん、あーちゃんって呼ばれてるのが羨ましかったから…」と、恥ずかしそうに答えてくれた。

彼女と最初に出会ったのは、二人が同じ幼稚園だった頃。

同じ組の子たちと一緒に遊ぶことはあまりなく、露は気がつくと部屋の隅っこにいて一人で絵を書いていることが多かった。

「ねぇ、なにかいてるの?」

ただの好奇心だった。

露に興味があるとか、変なやつだなとか、そういう気持ちは全然なかった。

俺が露の姿を初めて見た時の感想は「すげー、なんかこいつ人形みたい」だった。

「つーちゃんのこれは、ゆき」

自分のことを、ちゃん付けで呼ぶ少女。

少女は白い画用紙に白いクレヨンを使い、小さなマルを何個も、ゆっくりと一つずつ描いている。

「ゆきって、あのふってくるゆき?」

少女は顔を向けず、黙ったまま大きく頷いてみせた。

「でも、ゆきはつめたいんから、あおでかいたほうがいいよ」

「だって、ゆきはしろいもん…」

確かに。

青い雪なんてそりゃ、異常気象だろ。

「でもこれ、しろくておっきいから、なんかマシュマロみたいだよ。だってゆきはね、もっとちいさくて、さわるととけるんだよ!」

俺の言葉を聞いて、静かにクレヨンを握る手をぴたりと止めた彼女。

そして自分の絵を見つめたまま、なかなか動かないでいる。

あー。

怒らせちゃったかな?

「つーちゃんね…」

ようやく彼女の声が聞こえた。

「ん?」

「マシュマロすき…」

「おれもすき!あまくてふにゃふにゃしてるし。つーちゃんとおれ、いっしょだね!」

「……」

しばらく彼女は止まったままだったが、無言で俺に頷いてみせた。

つーちゃん、と呼んでくれたのが相当嬉しかったらしい。

髪の隙間から見える小さな耳も、色白な頬も熟れたピンク色に染まっていた。

白いクレヨンをにぎる小さな…それこそマシュマロのような手は、さっきよりも少しだけ落ち着きを失っているようにも見える。

そして、画用紙に一つずつ書き足されていく「ゆき」は、どことなくマシュマロに寄せてられているかように、少しずつ大きくなっている感じがした。