虜にさせてみて?

「駿ちゃん……」

「千夏、乗ってていいよ」

後ろからそっと近付いて来た千夏さんが駿に声をかけると、何も気にせずに『乗ってていいよ』とは……。

どこまで無神経なのだろう?

千夏さんが現在着ている服は、どこかで見覚えがある。きっとさっちゃんの服だと思う。

それに、千夏さんだって不安だったと思うよ。

千夏さんもきっと駿の事が好きなんだろうな。

カッコイイけれど、性格に難あり。

「洋服を貸してくれたんだ、有難う。後でクリーニングして返すから。千夏は妹みたいなもんなんだ。良くしてくれて有難う」

千夏さんは車に乗らずに駿の後ろに隠れるように佇んでいた。キュッと駿の袖を掴んでいる。

「妹、じゃないよ。正確には”婚約者”の妹でしょ?駿ちゃんはね、逃げ……」

「千夏! 余計な事は言うなよ」

いつもヘラヘラと笑っているイメージの駿だったけれど、今は雰囲気がガラリと変わり険しい表情。

背中がゾクッとした。

薄々と勘づいてはいたけれど駿には裏表があるようなそんな気がしていた。

響もどこか影があるけれど、駿にも見え隠れしている気がする。

駿の事はバーのマスタという事しか知らないし、年齢も不詳。千夏さんは色々と知っているのかもしれない。

「駿ちゃん、誰かと向き合いたい時は自分の事も話さなきゃ駄目だよ。ねぇ、駿ちゃんってば」

「千夏はイチイチうるさい!」

駿は千夏さんに怒鳴る。

私はそんな二人を何も言わずに眺めている。

どれが本当の駿なんだろう?

響はまだそっぽ向いているの?

「とにかく、ひよりは返してもらいますからねっ! 行こう、ひより」

美奈は私を連れて、さっちゃんの車に戻ろうとしたら、美奈が駿に腕を掴まれた。

「うわっ」

「あははっ、面白い驚き方だね。お願いがあるんだけど響君と話したいから呼んでくれない?」

美奈は思い切り腕を振りほどき、「話があるなら自分でくれば?」と言った。

クスクス笑って、「じゃあ、そうするよ。千夏のお礼も言わなくちゃ、ね?」と動じる様子もなく答えた。

駿は千夏さんを自分の車に乗せてから、皆の元へ向かう。

「今日は申し訳ありませんでした。ひよりとどうしても話がしたくて、あんな事を。心配をかけてしまったので、謝っても済む問題では無い気がしますが……」

響は横目で睨んでるけど、何も言わない。

何か一言でも口に出したら良いのに。

「それから、響君に話があるんだ」

「……俺からは何も無い」

ご機嫌ななめな響は低い声で突き放す。

「そう。じゃあ、俺が話すね。ひよりの事、諦めないからね」