虜にさせてみて?


――あれから、優子さんの話題は出ないまま、夏の終わりが近付いた。

山の麓に近い場所にあるオーベルジュなので、気温も平地よりは低く、秋の訪れは早く身に感じる。

「よしっ、今日こそは決行だからね! 響君が休みならば、引きずってでも連れて来て!」

社員食堂で意気込む美奈。

先日、予定していた花火は、さっちゃんの言った通りに台風で潰れた。

その後は皆の予定が合わずに、9月初旬になってしまったのだ。

「半袖でやれるのは今日が最後かもしれないし、来れない奴らは知らないもんね〜っ」

美奈はよっぽど楽しみにしてたんだろうな。

毎日、天気予報を見て、“今日は絶好のチャンス”と決めていたから。

花火の会費は一人、五百円と言ってたよね。

予定では十人×五百円=五千円。

五千円もあれば大量に買えるのかな。

「ところで河原でやるんでしょ?車はどうするの?」

「車? ふふふ、送迎バスを用意しちゃいました〜!」

「送迎バス?」

「うん、水野マネージャーが運転してくれるし、支配人が良いって言ってくれた」

美奈は勝ち誇ったように、箸を右手に持ったまま、ピースをしてきた。

そんな事、可能なの?

「支配人とゆっくり話す機会があってね。実は、10月からブライダル部門に移動するの」

コソッと嬉しそうに言う美奈に、私も嬉しい気持ちでいっぱいだった。

「えっ? 美奈、ずっとやりたかった仕事だもんねぇ。良かったねっ! じゃあ、お祝いにピーマンの肉詰めを二つあげよう!」

「コラッ、嫌いなだけでしょっ」

「うっ、」

今日の社員食堂のメニューは、ピーマンの肉詰め。

苦手なのに、よりによって、4つも入っていた。

美奈は入社当時から、ブライダルの仕事に憧れていた。

頑張って夢を叶えて欲しい。