虜にさせてみて?

「同情?」

「それ以外に何がある? 気持ちなんてあるわけない。だいたい、会ってすぐに付き合うなんて、無理。暇つぶしに付き合ってやっただけだからな」

偽りの恋人同士は、一ヶ月して終始符を打たれた。

気持ちが存在しない。

お互いに隙間を埋めるだけの関係。

「それに部屋に泊まった日、何もしてないから安心しろ。つーか、する気もない」

「うん、知ってるよ」

知っている、嘘だって事くらい。

酔いは多少は回っていたけれど、覚えていない訳ではない。

都合よく、響君の意地悪を利用しただけだ。

「じゃあ、寮に着いたら”恋人ごっこ”は辞めよう?」

「あぁ……」

クルッと後ろを向いて笑って言ったつもりだった。

浅はかな推測で傷つけた事、友達にも戻れない事、駿と居るより楽しかった事。

駿よりも不器用だけれど、大切に扱ってくれた事。

思い出したら、切なくて涙ぐむ。

涙がポロリと一粒、零れ落ちる。

月明かりと電灯が涙を照らす。

「なーに泣いてんだよ、バーカッ!」

響君は私に近寄ると、軽く頭をゲンコツした。

「明日、遅刻しないように帰るぞ!!ほら…」

響君が手を差し延べてくれた。

「寮までは”ごっこ”するんだろ?お前は放って置くと遅いから、無理矢理連れて行く!!」

「うん……」

手を繋いで歩くのは最初で最後かもしれない。

駿とだって、手を繋いで歩いた事などない。

響君が誘ったから繋いだだけだと割り切る。

この感覚が心地良いだなんて思ったら、最低だよね……。

会話もなく、静まり返った寮の前に到着した。

「おやすみ、響君」

「早く寝ろよ」

「うん……」

私達は手を離して、 それぞれの部屋に戻った。

僅かな期間の”恋人同士”は、明日からは、ただの同僚。