虜にさせてみて?

ドクン、ドクン……。

高鳴る胸の鼓動が響君にも聞こえたかと思う位に私は愛おしい感情もあり、緊張もしている。まるで、芸能人にでも出くわした様な変な感覚に包まれた。

目の前に突然、現れたのは私の愛しい人。

何としてでも手に入れたくて、人を傷つけてまで手に入れた。

けれども、今は一緒に居る事が辛くて、痛くて手放してしまいたい人。

駿。

何度も電話をしても、メールをしても、連絡をくれなかったくせに、このタイミングで現れるのはズルイ。

「真夜中に何してるの? ひよりの”彼氏さん”かな? こんばんは、ひよりの友達の駿です。あそこのバーで働いているんですよ」

沈黙を破るかのように、駿は柔らかい物腰で笑って言うと、ペコリとおじぎをして、すぐ近くにあるバーを指差した。

『友達』という駿の言葉が私の心に、まるでナイフで刺されたかの様にグサリと突き刺さる。

カシャン……と購入ボタンを押さなかった自販機からお金が落ちる音と同時に、やっと響君が口を開いた。

「ふうん、そうなんだ。今度、行こうかなぁ……」

響君はバーを見ながら不機嫌そうに言い放った。

「待ってます。何なら今からでもいいけど?」

「いや、明日は仕事なので帰ります。帰ろう、ひより」

「え? あっ、うん」

駿に偶然にも会った事により、目が泳いで挙動不審な私。響君に無理矢理、腕を掴まれて歩き出した。

不機嫌そうな顔は直らないままに、無言のまま歩く。

遠くで駿が、「お金忘れてるよーっ!」と言っている声が聞こえるけれど、おかまいなしだ。