それでも、体は正直で、抱き締められている事自体に違和感があって拒否しようとするんだ。

「離してくれる?」

「冷たいね」

わざと体勢を崩して、掴んでいた腕を力を込めて無理矢理に引き剥がす。

「駿ちゃんっ!」

私から離れたかと思うと後ろから女の子が走って来て、駿の腕にギュウッと腕を絡めた。

フワフワな黒みがかった茶色のウェーブの髪型。

以前、河原で会った時は黒髪のストレートだったから、印象がガラリと違うけれど千夏さんだよね?

「こんにちは、ひよりさん。私、ひよりさんとお話したかったんです、会えて良かった」

河原で会った時はズブ濡れで、泣き顔しか見れなかったけれど今日は笑顔を見れた。

整った綺麗な顔立ちで優しく微笑まれたら、同姓の私もドキンと心臓が羽上がるよ。

「もうダイブ前になっちゃいましたけど、夜中に突然、響さんに電話してごめんなさい。私、この人のせいで辛くて頼ってしまいました」

千夏さんは駿を睨み付けて、話し続ける。

「響さんから、“何かあったら電話してっ”て言われて番号くれたんです。だから、つい夜中なのに甘えてしまいました。そしたら、飛んできてくれて……」

私が朝まで泣き続けた夜。

甘くてとろけそうだった夜に、行き先も言わずに部屋を飛び出して行った響。

あの時は本当に心の中がグジャグジャで、悲鳴を上げていて、どうにかなってしまいそうで苦しくて仕方なかった。

「詳しく話すと長くなるんですけど、駿ちゃんと響さんが話し合ってくれて、私は心に冷静さを取り戻しました。ありがとうございますっ!あの時の響さんは格好良かったです。“俺はひよりしか愛せないから”って駿ちゃんに宣言したり。とにかく、本当にありがとうございました」

話し終えた後にペコリと頭を下げて、再び微笑む千夏さんに、私は恨む気持ちなんてなかった。

寧ろ、真っ直ぐな響の気持ちを受け取れて嬉しかった。

“ひよりしか愛せないから”だなんて、直接言われた訳ではないが最高級の愛の囁き。

「ひよりーっ、何してるのって……」

私がなかなか行かないので、美奈がカフェの前から声をかけた。

「千夏さんだよね? 私、本当はこの人は混ぜたくないけど、千夏さんも一緒にお昼食べない?色々、お話も聞きたいし」

千夏さんに気付いた美奈は駆け寄って、すかさず千夏さんを誘う。

「行っておいで」

駿が千夏さんに向けてフッと笑うと、千夏さんはコクンと頷いて、「行ってきます」と言ってから私達の輪に混ざった。

「隙あらば奪うからな、覚悟しててっ」

「隙なんてないから、大丈夫!」

「ふっ、響君と居るようになってから強気だな」

「まぁね。千夏さんは責任持って送り届けるから、ま……、バイバイ」

私は駿を置き去りにして、カフェに走る。

思わず、『またね』って言いそうになって言葉を飲み込んだ。

“バイバイ”

――私に恋の甘さも、苦さも沢山の感情を教えてくれた人。