虜にさせてみて?


パスタ屋さんに着くまで、私達は差し障りのない話をしていた。

ブライダルの仕事やお客様の話など。

お互いの旅行の話はどちらともなく避けていて、話さなかったし聞きもしなかった。

パスタ屋さんに着くと、二人共に同じディナーセットを注文する。

「あれ? 美奈、デザートはコーヒーゼリーじゃなくて良いの?」

「うん、いいの。たまには甘い物を、ね?」

美奈はパティシエの彼氏を持ちながら、甘いものは大の苦手だった。

ディナーセットには選べるデザートが付いていて、いつもは苦味のあるコーヒーゼリーだったのに対して、今日はプチケーキの盛り合わせだった。

「せっかく、美味しい料理が運ばれてくるんだし辛気臭い話は先にしちゃおうか?美味しい料理の前では話したくない内容だからね」

オーダーした後に直ぐ様、切り出した美奈は、わざと明るく振る舞ってるかのようだった。

私はただ頷いて、美奈が口を再び開くのを待つ。

「ブライダルに移動が決まってから、湊に東京のホテルを志願したいって言われたの。湊が一流のパティシエになりたいのも知ってるし、でも私はブライダルが、やりたかった仕事が手に入れられた瞬間だった。全てを捨ててって思えなかった。悩んで、悩んで、別れようって決めたの」

私は何も言えぬままに、美奈の話は続く。

「湊が夢を叶えようとしてるのに、それを私が着いて行って邪魔は出来ない。遠距離恋愛にしたって、邪魔にならならしたくない。ひよりに言えなかったのは決心が鈍りそうだったから、だよ。黙ってて、ごめんね」

美奈が強くもあり、弱くも見えた。

遠距離さえも邪魔になるなんて私は思わない。

あの優しい湊君が、邪魔になんかするハズがない。

「湊君は優しいし、邪魔になんかしないよ、きっと」

「あのね、ひより。あの湊の優しさが私に向けられた時、湊を無理させてしまうのが怖いの。だから、とても怖いんだよ」

美奈は手で顔を覆って、声を上げずに泣いた。

手の隙間から、涙が溢れ出て、テーブルクロスにポタポタと大粒の染みが出来る。

周りのテーブルにはお客様が何件か居たけれど、皆は見て見ぬ振りをしている。

「そっか、優しさが怖いんだね。私もそれは分かるよ。響の優しさが時に怖くなる。優しすぎて、私が傷つけてしまいそうだから」