虜にさせてみて?

どこに行ったのだろう?

隅々まで見渡すとフロントの端に居た。

従業員と話してるみたいだが、チェックアウトしなければいけないと鍵を渡しに響に駆け寄る。

邪魔にならずに気付いてもらえるように、響の腕をそっと叩いた。

「響、有難う。鍵を渡したくて」

「ん? 何だ、もういいの?」

問いかけにコクリと頷くと、「ミチルちゃん、鍵を返すから。延長してくれて有難う」と親しげに目の前に居た従業員の女性に渡した。

“ミチルちゃん”と今、言ったよね?

「はい、どう致しまして。可愛いね、彼女」

「……そう? じゃあ、また」

軽く『そう?』と流さなくてもいいのに。

チェックアウトを済ませて、そそくさと出口に向かってしまったから、私はミチルちゃんという女性にお辞儀をしてから追いかけた。

「あのっ、延長してくれてありがとう」

「うん。もっとゆっくり用意して良かったのに?」

「だって、響を余計に待たせる訳には行かないし」

「気にしなければいいのに。暇潰しも居たから」

“暇潰しも居たから”

もしかすると、それは、あのミチルちゃんの事だろうか?

ミチルちゃんは何者?

初対面の女性に易々と話しかける性格ではないだろうし、よりによって、こんな場所で逆ナンとか?

会ったばかりで“ちゃん”付けもないよね?

ミチルちゃんはパッと見ただけだが、目がクリクリしてて、お人形みたいな美人さんだった。

「何を難しい顔をしてるんだ? さっきの答えが気に入らないとか?」

ホテルを出ると、今日も秋晴れの空が広がっていて清々しい。

さりげなく繋がれた手が嬉しいが、心は何となくどんよりしている。

「可愛いって言われて、はい、そうですねって答えたら馬鹿みたいだろっ。思ってても、そのままは言えない」

可愛いと思っててくれているんだ?

それはそれで喜ばしい事だけれど、そうではなくてミチルちゃんが気になるの。

「あのさ、聞いてもいい?ミチルちゃんって」

「あぁ、そっちか。ごめん、アレは……」

私がずっと知りたかった、響の過去。

聞かなきゃ良かったと後から後悔した。

「高校ん時の彼女だよ」

どんな彼女が居たのか、とか知りたかったくせに聞いたら聞いたで憂鬱になった。

ミチルちゃんも百合子さんも美人で、私なんて比べ物にならない。

それ以上に響が傷つけられた事実なんか知りたくなかったよ。

胸が痛くて張り裂けそうだよ。