虜にさせてみて?

クスクスと笑って、笑顔が出た優子さんはとても綺麗だった。

最初の違和感は無くなり、もっと知りたいとさえ思えた。

「響、私の事を憎んでいいのよ。今日、会えて良かったわ。せめてもの罪滅ぼしにこれを……」

優子さんは小さなバッグの中から、何かを取り出してテーブルへと置いた。

それは、“水野響”と名の入った通帳と印鑑だった。

「貴方が二十歳になったら渡そうと思ってた物よ。でも、二十歳ちょうどには渡せなかったわね。好きに使ってくれていいのよ、これしか償える方法がなかったから」

響が通帳を開くと、1000万もの預金の記載があった。

「いらないから返す。金で解決されても困る」

通帳と印鑑をふてくされたように突き返す響。

「私だって返されたら困るのよ!いらないのなら、ひよりさん、貴方にあげるわ」

「えっ?」

優子さんの手によって宙に舞いながら、私の目の前にパサッと置かれた通帳と印鑑。

さっき、チラッと見ただけだけれど、この通帳には優子さんの想いが沢山詰まってる気がする。

1000万もの預金なんて、そうそう出来る金額じゃない。

「あ、やっぱり……」

申し訳ないと思いつつ、通帳な記載された記録を始まりから見た。

定期的に毎月、ほぼ一定の金額が振り込まれている。

優子さんは響の事を思いながら、20年ちょっとの間、毎月貯めてたんだよ。

優子さんのした事は簡単に許される事じゃない。

でも、響のお母さんとして償ないたいと願っていたと私は思う。

「響、余計な事かもしれないけど、毎月積んでてくれたんだよ?無駄にしちゃ駄目だよ」

第三者の私が口を挟んで良い訳はないけれど、それでも優子さんの思いも分かるから無駄にして欲しくなかった。

ほら、響も言いたい事があるなら、今しかないんだよ。

22年間生きてきて、積もり積もった思いがあるでしょう?

「よこすんだったら、もっと早くよこせよ!この金があれば、私立大行けたじゃねーかよ。国立全部落ちたんだよ。けど、私立は金かかるし、悪いと思ってた」

そうだ、響から以前に大学受験は全部駄目だったと聞いた。

「そうだったの。姉さん達に遠慮して、国立しか受けなかったのね。じゃあ、今からでもまたチャレンジしたら?……なんて、私が言うべき事じゃないかしらね」

詳しくは分からないけれど、響が私立大学に行かなかった理由は遠慮してたから。

奨学金もあっただろうに。でも、そんな事を提示したら、御両親は『使わなくて良い』とばかりにお金を出すかもしれない。

しかし、響は私立にかかるお金を負担させたくなかった訳だから、なかなか難しい。