虜にさせてみて?

横目で響をチラリと見たら目が会って、微かに口元だけが笑った気がした。

今の表情が何を意味するのか分からないけれど、辛かったら、その気持ちを私にぶつけても良いから。

響にとって、最善を尽くせますように――

「貴方が産まれた日に、恭介さんは亡くなったの。これから家族を築いていくって時によ?私は事実を受け止められなかったし、恭介さんの居ない孤独に耐えられなかったの」

優子さんの話によると、産まれたとの連絡を受けて職場からタクシーで向かう途中に事故に巻き込まれたらしい。飲酒運転の車に正面衝突されて外に投げ出され、即死だったそうだ。

優子さんは響の育ての親であるお姉さんと、今は亡き、お祖母さんであるお母さんに付き添われて恭介さんが来るのを待ち望んでいた。

産気づいても早急に会社を抜けられなかった恭介さんを愛おしく思いながら──

『今から出ます』と言われたものの、なかなか来ない上に連絡さえもなく、会社に問い合わせたりしていた所、悲報が飛び込んで来たらしい。

まさか、の出来事だった。

今まで隣に居た大切な人が居なくなった瞬間。

目の前が真っ暗くなり、絶望が訪れる。

家族を築く前に家族が崩壊した。

ドクン……ドクン……。

真実を知った心が、悲鳴を挙げてるかのように私の心臓が早く動いて息も苦しく思えた。

私ならば、どうなってしまうのだろう?

世の中には恋だの愛だの、なんて言ってられない位、辛い事や悲しい事が沢山ある。

私が優子さんの立場に立たされたら、同じように育てる事が出来ないかもしれない。

駿の事なんかで悩んで、響を利用しようとして傷つけて。

そんな弱い私は尚更、立ち向かう事なんて出来ないかもしれない。

「ふえっ、世の中には目を背けたい事実もある……んですね……」

私は自分の馬鹿さ加減と悲しい真実に対して、涙が止まらなかった。

響にまた泣き虫って笑われるかな。

「お前、また泣いて」

「だって私だったらって考えてたら……それに……」

それに、“響を傷つけた事”を今更、悔やんでも仕方がないのだけれど申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

神様は時に意地悪だ。

甘い蜜の味を教えては、試練を与えるかのようにドン底に突き落とす。

運命は神様の手によって定められてるのか、もしくは自分の手で作り出すものか。

「ひよりさん、響、これが私の真実よ。受け入れてくれるか分からないけれど隠してる事はもうないわ。涙を拭きなさい」

優子さんが私にハンカチを裏返しに畳んで、渡して来た。

「使ったハンカチで申し訳ないわね」