虜にさせてみて?

「それに恭介さんの面影が出て来たし、あの人がこの世にまだ居るような気もするわ。ごめんなさい、響は響であって、恭介さんじゃないのに……」

ハンカチを取り出して涙を拭う優子さんは、冷たいイメージではなくて、誰かを思って泣いている儚げな雰囲気の女性だ。

伏せ目で涙を流している姿がとても綺麗で、釘付けになってしまう。

あぁ、そうか。

優子さんも響のように不器用だけれども優しくて、感慨深い人なんだろうな。

初めに言われた意地悪も響と同じような意地悪発言だと考えると、不思議と愛しくも思える。

「知らねぇよ、恭介さんなんて。俺は俺だし、あんたが勝手に幻想を抱いてればいい。見たこともない奴の墓前に手を合わせる気もないからなっ。俺がどんな思いで生きてきたかっ……!」

響は感情が高ぶり怒り出して、優子さんに暴言を投げつける。

「いいのよ、それで。一生、憎んでくれて構わないのよ!私は貴方を捨てたんだからっ!」

優子さんも売り言葉に買い言葉のように、少し大きな声で投げ返す。

“捨てた”

優子さんが響を捨てたと言うの?

私はただ黙って聞く事しか出来ずに、箸を置いて目の前の光景を眺めていた。

そんな時、仲居さんが料理を運んで来て、優子さんは生ビールの追加と料理を全て出してくれるように頼んだ。

「貴方が産まれて直ぐに恭介さんが亡くなったの。信じられなくて、自暴自棄になって、貴方を殺しかけたの。忘れ形見なんて言われても、忘れ形見なんていう言葉自体、受け入れられなかった。だって、恭介さんはまだ生きてるって信じて居たかったし……」

お母さんから語られる、家族の過去。

響も初めて知る事実なんじゃないだろうか?

――それなのに私も聞いて知ってしまっていいのかな?

私は響を救えるのだろうか?

相変わらず、ムスッとした表情で聞いている響の膝をキュッと摘んだ。

響はそれに答えるかのように、そっとテーブルの下で手を繋いできた。

料理が次々と運ばれて来るの中、お母さんは止める事なく語る。

「子供が産まれてこれからって時に、私は強くなれなかった。自分の目先の事ばかり考えて、母親になれなかった。長年、子供が欲しくても出来なかった姉さん夫婦に貴方を預けたというより、“あげた”の……」

響、大丈夫?

辛いでしょう?

心が締め付けられるでしょう?

大人になっても、真実を受け入れられない事もある。

でも、お母さんが向き合って話してくれた今こそ、分かり合える事もきっとある。

響も胸の内をぶつけても良いんじゃないかな?