「おい、ニコラス。さっきも言ったが、その辺で止めておけ」


 そう口にしたのは、紅の髪の男性だった。呆れたように息を吐き、じとっとした瞳でこちらを眺めている。
 だけど、ニコラスを引っぺがしてくれる気はないらしい。何だか絶望的な気持ちになった。


(この人、絶対力じゃ負けないだろうに! ちょっと頭を小突くとか、忠告するとか、そんな程度しかしてくれないなんて!)


 ありったけの恨みを込めて、目の前の男性を睨みつける。
 男性はしばらくの間憮然とした表情でわたしたちを見つめていたけど、ややして視線を上向ける。


(何?)


 盛大なため息。思わぬ反応に首を傾げる。
 けれど次の瞬間、ゴゴゴゴッて地鳴りみたいな大きな音が鳴り響いて、わたしの身体がグイッて勢いよく抱き上げられた。


「あっ」


 慣れ親しんだミントの香り。大きくて逞しい胸に顔を埋めつつ、その温もりを堪能する。


(旦那様だ!)


 ついさっきまで感じていた不快感とは真逆。温かくて優しくて、幸せな感覚に包まれる。あまりの嬉しさに心臓がドキドキと高鳴った。