「だけど、わたしは……自分に呆れもしたんです」


 気づいたら、唇が勝手に動いていた。
 旦那様を相手に嘘を吐きたくない。正直な自分でいたい。そう思ったら、話さないわけにはいかなかった。


「旦那様と一緒にいて、大人にでもなったような気になっていたけど、わたしはまだまだ子どもだったんだって思い知りました。やっぱり、ちゃんと学校に行って勉強しないといけないなぁって……そう思って」


 現実と向き合うことは辛い。だけど、そこを避けたら本当の大人に――――旦那様に相応しい女性にはなれないような気がする。

 旦那様は一瞬だけ目を丸くして、それからわたしの頭を撫でてくれた。優しくて温かい手のひらに、目頭がグッと熱くなる。


「アイリスはアイリスだよ」


 この間くれたのと同じ言葉。
 わたしはいつだって、大人になることを焦っていて。けれど旦那様は『わたしはわたしだ』って言ってくれる。


「子どもでも、大人でも――――アイリスがアイリスのままでいてくれたら、それで良いよ」


 蜂蜜みたいに甘い旦那様の言葉が、胸を熱くする。

 一分、一秒、時間を積み重ねていくこと。そしたら嫌でも、いつかは大人になることが出来る。
 それは先の見えない未来じゃなくて、確実に訪れる未来だ。だからわたしは、わたしらしく生きていけるよう頑張る。それが一番大事なんだと思う。


「はい、旦那様」


 今、この時を旦那様と一緒に。
 微笑みながら、わたしはまた少し、大人に近づけたような気がしていた。