「アイリスを返せ」


 リアンが言う。
 アイリスがいないなら、リアンがこの世に留まる理由はない。命が惜しいとは一ミリも思わない。寧ろ一思いに殺してほしいとさえ思う。


「……本当に意外だった」


 虚ろな目をした父親が、そんなことを呟く。
 竜人族特有の絶望を湛えた瞳だ。

 自分の上に立つものが誰もいないこと、最強であることが、この男を生かす糧だった。そうと分かっていてそれを躊躇いなく奪っていくリアンを、彼は想像もできなかっただろう。

 本当にこれまで、リアンには野心も執着も、何一つ無かった。アイリスだけがリアンを生かす。それが、これまで埋めようと思っていなかった力の差を、あっという間に凌駕しただけのこと。


「分かった。案内しよう。おまえの心臓の元へ」


 父親の言葉にリアンは大きく息を吐く。
 アイリスはリアンの心臓。父親の言葉通り、アイリスに再会出来るその時まで、生きている心地がしそうにない。
 リアンはゆっくりと、父親の身体から剣を引き抜いた。