『アイリスはアイリスだろう』


 旦那様がそう言ってくれた時のことを思い出す。

 いつだってわたしは先を急いでいる。
 旦那様の隣に立ちたい。対等になりたい。

 けれど、幼い自分だからこそ旦那様に抱き締めてもらえる――――その幸福に甘えている。
 矛盾だらけ。そんなこと、自分が一番分かってる。


(でも、大好きなんだもん)


 できるだけたくさん触れていたい。抱き締めていたい。その願いが叶うなら、矛盾なんて全部呑み込んでしまう。
 旦那様をギュッて抱き返しながら、目頭がぐっと熱くなる。


「あっ、そうだ。リアン」


 その時、部屋から立ち去ろうとしていたミモザさんが、再びヒョイッと顔を見せた。旦那様は何も言わないまま、小さく首を傾げてミモザさんを見ている。わたしも一緒になってミモザさんを見た。


「また……後でね」


 ミモザさんはそう言って、なんとも妖艶な笑みを浮かべた。ほんのりと紅く染まった頬に、切なげに潤んだ瞳。
 一瞬で心がズタズタになった。