断片集


ひらひらと揺れている。
万国旗みたいなんだけど、絵柄は天使とかハートとかだ。可愛らしい。
それを、どこか儚げに、目を細めて見上げていた。
「こんにちは」
ぼくが挨拶すると、彼女はじろっとこちらを睨んだ。
「どうかしましたか、さがしものですか」
彼女は「関係ないでしょ」と言って、下に降りていく。ううむ。
そろっと付いて降りて行こうとしたら、ちょうどおどり場のところで、何かメモをしていた。なんだろう、ミステリーショッパーか何かかな?
すぐに、メモを上着のポケットにしまうと、彼女は階段を降りていく。

「ここから、飛んだら」
海を見ながらぼんやりと思う。きっと、醜くなるだろう。
誰かの水死体を見たことがある。思い出したくないような変わり様だった。
後々の噂によれば、それは近所のお肉屋さんの主人で、スーパーにお客を持っていかれてからの、経営不振により自殺だという。そのお店に昔一度だけ行ったことがある。
おじさんは、にこにこ、嬉しそうに「いらっしゃい」と言っていた。
そんなことをまるで感じさせない笑顔で、何を買いにきたんだいと聞いた。
同じ学年の隣のクラスの子のお父さんだった気がする。
隣のクラスの授業が中止になって、お葬式が開かれていた。
どんな気持ちかなんて、わかんないけど。でも、なんとなくわかる。
廊下ですれ違ったその子は、笑ってた。
周りは「不謹慎だ」って、嫌そうにしていたけどぼくにはなんとなく、わかった。
あれはきっと『おねがい。触れないで』って、言っていたんだ。
嬉しそうに楽しそうに振舞わないと、そうしてもらえないって思っているのだ。
それでも誰かが付き纏って真面目に、何か言っている。
「悲しかっただろう」「あの人はいい人だったね」「悲しいのなら泣きなさい」「大丈夫だ、いつか忘れられる」「どうしてそうなってしまったんだろうね」
そんな言葉を浴びせている。
あれは、きっと偽りだよ、もうやめてって、そう言ってるんだよ。
なんで、そっとしておいてあげないの?
その光景を、ぼくは、偽善者にもなれないまま、ただぼんやり見ていた気がする。
その子は、怒ったり泣いたりしなかった。
もし、怒ったりしたら、一緒に怒ってあげていただろうか。わからない。
よくある悲劇だ。でも、なかなか目にかからない悲劇だ。


お腹がすいたのでホールに行く。
表からじゃわからなかったけど、裏側から真横を通ったとき、古里さんの歌っていたステージの隅に、スピーカーに隠して小さな四角い欠片が剥がれて置いてあったのが見えた。なんだろう。
硬そうな素材だけど、隅のほうが少し割れていた。
何か絵が描いてありそうだけど、裏返っててわかりにくい。あと、マイクかなにかのコードが観客席には隠れるように絶妙に配置してあった。

彼女は、ステージ上で、なにやら、過去の話をしている。
デビュー当時に太って大変だったとかそういうの。
ぼくは、近くのテーブルから、チキンを持ってきてくわえた。美味しい。
それから、そばにあるポットからお茶を入れて、飲んだ。麦茶だ。

飲んでからは、なんだか疲れたので、近くの客室に行き、勝手に少し眠っていた。
誰も来ないからいいかなーなんて。ゆらゆらと揺れて、溶けていきそうな錯覚にとらわれる。少しして、ポケットの内側から、階段を降りるような音で、目を覚ます。うーん。
「やっぱり、階段の音しか、聞こえないんだよな……」
なんでだろう。
身につけていた鞄の内側が震えたので取り出すと、携帯電話だった。
「もっしー」
ぼくが出ると、通話相手、九ノ津真がもっしーと返した。
「何。どしたの」
「んー、なんだか、どうしてるかなって、思ってね」
「なにそれ、フラグでも立てに来たわけ」
「えへへ。随分と会っていないよね」
「そうだね」
「××ちゃんのお墓参りもしなくちゃだし」
「一緒にチキンも食べなくちゃだし」
「死体探し」
「それはしませんよ」
「今年も、忙しくなるんだろうなぁ」
「そうだね。ここを降りたら、お前に会いに行くよ」
「そういえば、××る×が消えたのも、この時期だったね」
どきん、と心臓が音を立てる。
「あいつにも会いたいな」
「故郷のビールが待ってる」
「未成年だから。故郷のビールとか飲んだこと無いから」
「帰ったら、まず何がしたい?」
「お前と遊びたいよ。お土産に、そうだな、線香花火でも」
「ドイツ製の高級絵の具と、マーメイド紙が欲しい」
「うっわ、値が張る…………マーメイド紙、この辺売ってるか?」
「紙屋さんは、おとなりのおとなりの県です」
「…………」
「あ、買ってきて欲しい本がある」
「何」
「世界の拷問大全!!」
「思ってたけど。お前の趣味、人に言えないのばっかりじゃねえか……」
「楽しいよっ! 人がだんだんと××××な様がありありと!」
と、そいつは、伏字にするしか無さそうな、放送できない話をした。
が、語り手権限でカットだ。
「楽しくありません。ぜんっぜん!!」
ぼくは呆れた。その趣味は人に話すなよ? 
これで、危険人物だと思われたら、どのくらい庇ってやれるかわからない。
「本とかで拷問にリアリティのある描写があるとこの人もそうなのかなって思う!」
「お前なあ……」
きっと、満面の笑みで言っているであろうその言葉に、ぼくは絶句する。
いやいやいや。そういう描写があるだけでしょ。
「帰ったら、遊ぼうね」
「お前、熱でもあるのか」
「え」
そいつの声が、一段と高くなったのを、ぼくは聞き逃さない。
「今日、必ず帰ってくるから、ちゃんと安静にしておくんだぞ?」
「うん。帰ってきてね」

なんだろう、どこか寂しそうな声だ。少し不安になって、何か言おうとした。
けれど、うっかり通話終了ボタンを押してしまっていたので、かけ直すしかなかった。
こんなときに、あいつの具合が良くないなんて……心配だ。
早く、帰りたいな。