「…………うん。まぁ、無理に笑うのは良くなかったね、ごめん」
なぜか謝られた。
おかしいなぁ。
このどこから見ても可憐な女の子だというはずの名演技に不満でもあるのだろうか。
「あら、可愛いお洋服ね」
すぐに、興味が移ったらしく、彼女はそばに立っていた女の子に目を向けた。
この子には触れるなよ? と謎の警戒をしてしまう。
「こんなの、やだなぁ。布にお花があるって、意味がわからない」
女の子は、服の裾を摘まんで、唇を尖らせる。
彼女は気にいっていないようだ。
「ママがくれたの。それで、これを着なきゃだめって。でも、かわいくない。何の意味があるの?」
悲しそうにする。
ぼくはなんて言えば良いのかわからなかった。
数秒、静かな時間が流れる。
諦めて、それじゃあねと言おうとしたときだ。
「あら。布なんかの、模様のひとつひとつにも、深い意味が根付いているのよ」
「意味? 意味が、あるの?」
女の子が不思議そうに、彼女へ無垢な目を向ける。
「えぇ。そうやって模様を眺めるだけでも、随分暮らしって豊かになると思うわ」
彼女は、うふふと笑って頷く。
どこか、おばあちゃんみたいだ。
定年退職して第二の人生を始めた、みたいな。
なんていうのか、構える部分でしっかりと構えているというか。
肝が据わっているというか。
「どんな、ものがあるんですか」
「例えば、キルトっていうのは、ときに奴隷を逃がす合図に使われた符号を含むことがあったの」
「奴隷?」
女の子は、不思議そうに彼女を見上げる。
顎に人差し指を当てながら、彼女は首を傾けて、微笑んだ。
「そうねぇ。昔は、身分っていうのがね、今よりももっと、差が大きかったりしていたの」
「王様と、家来だ」
女の子は、おそらく知っている単語の中で、似ていそうなものをあげた。
彼女は、うーん、と、曖昧に唸った。
説明が難しい部分だ。
それを察したのか、女の子はそれ以上は聞かず、代わりの質問をした。
「きると? って、攻撃力が、倍になる呪文のこと?」
「いいえ。スコットランドの民族衣装のことでもあるし、二枚の布に、こう、綿を入れて、重ねて縫ってある生地でもあるの。組み合わせてある模様を作るのにも使うものだったりもするわ」
「はぁ」
女の子の気の無い返事。
ちなみに、スコットランドの方はkiltで、ここでのものはたぶんquiltであり、二つは別のものであるので注意したい。余った布を活用しようとしたのが始まりなんだとかで、だんだんと装飾的になっていったのだという。
「たとえば、これ」
彼女は、そういうと、おもむろに足元を指差した。
床のタイル。
渋い色の赤と白の四角が交互に並んでいる。
「赤の四角四つ分で、区切ると、十字に見えるでしょう?」
「うん」
女の子が頷く。
「こういう風に、組み合わせた形で、例えば、絵や、図形を作るのよ」
「へぇー」
でも、それがどうかしたんだろうか。
わからない。
適当に天井を眺めていると、彼女は突如嬉しそうにぼくの頭を掴んだ。やめて。
「うふふ。可愛げが全くないわねぇ」
思い出した。
この人、昔会ったことがある。
文房具屋に行こうと思って道を歩いていたら、迷子かと聞かれたことがあるのだ。
「セットが乱れるんで触んないでくださいよ……」
「あら、今の子どもは、小学生から、髪をセットしてるの? まぁ、進んでるのねぇ」
してるって言っただけだけどね。
この人苦手だ。なんかわかんないけど、変に関わると、危ない。
「……で、その十字がなんです?」
「クロスロード。オハイオ州のクリーブランドで待ち合わせましょう、という指示に使われた符号の形が、それでもあるのよ」
「どこ?」
女の子が首を傾げる。
「外国」
ざっくりしていた。
「カナダへ逃げるときに、そこの湖を拠点にしたそうよ」
「カナダってどこ?」
「外国」
ざっくりしていた。
「へぇ。だから、その指示を知らせたいときに、それを、見せて回るんですか」
よくわからないけど、奴隷に読み書きは、許されていなかったのかもしれない。
だから絵を使うことがその指示を助けたのか。
「見せて回るというよりは、主には立てかけていたようよ、他にも、模様が記号と結びつく歴史は――」
絵と文字は、似ている。
「わかんないよ」
女の子は退屈そうだ。
うん、少し難しいよね。



