00.


「……今……非常に、困惑、しています。

「なんで、この席になったかなぁ」
悩む。
ぼくは今窓際の左肩に寄りかかって寝ている人物を起こすか、叩き起こすか、起こさずに踏み台にするかの三択で悩んでいた。
とりあえずぼくはこれより船に乗らなくてはならなくて、そのためにまずバスで港まで行かなくてはならなくて、そのためにじゃんけんで決めた席順で、隣になったのが、同じ学校に居る先輩だった。
この説明ではいさささか雑すぎるだろうか。
まあいい、別にそこまで急いで語るものでもあるまい。
「……せんぱーい、お、き、て。そして速やかに視界から消えて」
起きてもらおうと、まずは優しく耳元で囁いてみる(という嫌がらせ)。
起きる気配はない。ドラムのように肩でリズムを取ってみるが起きない。腹が立ったので、ポケットに入れていたボールペンで顔に眼鏡を書いておいた。起きない。
「おいお前いい加減にしろ、おもてぇんだよさっきから……」
口調が乱雑になるが起きてくれそうにない。
だん、と肘で座席を揺らすと、はっとしたようにそいつが起きた。
ぼくの目の前にあるのは、もふもふとは無縁の人物。
オレンジがかった(染めたこともあるらしい)肩までの髪。
美少年なのか美少女なのかはぼくも知らないが、人形のような綺麗な顔立ちのその人物の名前は、日扇街ナツという。
ちなみに従姉妹に、貝柱帆立ちゃんという美少女がいる。
今日の服装は、いつもどおりに、大き目のシャツと、ズボンだった。シャツにはリボンとネクタイの中間みたいなやつが付いている。
「…………」
首を絞めようかと思ったが、ぐっと堪える。
そうさ、こんなやつのためにぼくが手を汚す必要は無い。
同じ小学校の先輩だけど教室は同じだ。
複式学級だったから。
でも、ナツはほとんど教室には来ないというか、さまざまな事情で保健室に通っている。

「え、なに、もう終わり?」
好奇心いっぱいの目でこちらを見てくるので、ぼくはどことなく嫌な気分になった。
「なんで楽しんでいるんだよ」
ちょっと理解に苦しむ。
っていうかなんでぼくが他人への理解ごときに苦しまなくちゃならないんだろう。
「ドキドキします。こう、全然迫力の無い声で淡々と怒られる感じが堪らないっ」
それはひそかに気にしているんだよ!
文章だけならばれないと思ってたのに。
「……馬鹿にしてるだろ」
なんともいえない、無力感に襲われる。
こういう人って、現状を認識できているんだろうか?
「まさか、滅相もないです、ありがとうございます。感謝してる」
うんうん。ぼくの性格が人の役に立つことも、あるもんだ。
……ってなるか。感謝するな。
リアクション間違ってるよ。
「相変わらず元気じゃの……」
ぼくの前の席に座っている、同学年の、ユキ――春乃鴨幸が、黒髪を揺らしながら、こちらを覗き込んできた。こちらは元少年だが、それを全く感じさせない。お団子にした髪に白いお花の髪飾りを着けていて、青いパーティドレス姿。
「席変わって」
「んなわけないじゃろ……大人しく座っておれ」
「うぅー……」
隣の席のナツはぼくに何を言われようとにこにこしているので、なんだかむかつく。
正直苛立ちしかないが、ぼくのなかの矜持が、どうにか理性を保たせている。

自分の、少し前に耳が隠れる程度に短くしていた髪は、いつの間にかのびており、ユキと変わらないほどだった。
後姿は、身長さえ同じなら、そっくりだろう。
残念ながら向こうのほうが背が高い。

「ばーかばーか」
とくに言うことも無くなって雑に罵っていると、ナツに、良いねぇとかオヤジのような口調で言われて足を踏んづける。
「やかましい」
手刀を振り下ろされて咄嗟に白刃取りすると、ユキの隣で寝ていたらしい、元アイドルの女性、ぼくたちの保護者の古里さん(帽子とサングラスで変装しているので不審者っぽい)に怒られて、ぼくらは黙る。
ぼんやりと窓の外を見ていたナツが、描いておいた眼鏡に気付いたらしく「なんじゃこりゃあ」とか声を上げて、再び彼女に怒られているのを横目に、ぼくは、ぼーっと、空間を見渡した。
バスの中。
緑のデジタル時計。
ぼんやり、到着時間は1時間後だったか、30分後だったかと考える。
まあ、どちらでもいいか。