素顔のきみと恋に落ちるまで

 行く当てもなく辿りついたのは、以前二人で飲んだバー。見覚えのある個室へ通されると、睦合くんはソファに腰を下ろす。その横に、できる限り距離をあけて座った。
 途中で抜けてきたこと、絶対あとでみんなに聞かれる。心配をしながらも、今は彼とのことが優先だ。ここに連れてこられた理由を聞かないと。

「あの、どうして……」
「どうしてって、美佳さんのせいですよ。なんで止めたんですか、さっき」

 いつの間にか戻っている呼び名に、勝手に胸がときめく。私はバカか、こんな時に。
 ふるふると頭を振って気持ちを切り替えると、改めて彼を見る。

「睦合くんが困ってそうに見えたから」
「本当にそれだけですか?」
「それは……」

 ……違う。もっとどうしようもない理由だ。
 睦合くんが、あのまま野中さんに連れていかれるのは嫌だと感じた。ただの嫉妬だった。
 真意を探るように、彼が私を覗き込む。
 眼鏡の奥で彼の真剣な瞳と目が合うと、すべてを見透かされそうな気分だった。

「の、野中さんと二人で二次会行くのかなって思ったら、何だか嫌になって……」
「何で美佳さんが嫌になるんですか」
「……わかんない」

 なんとなく理解はしてるけれど、上手く言葉にならない。
 それほどまでに、衝動的に動いていたから。
 はっきりしない私に、彼は大きくため息をついた。

「そんなことされると、期待しちゃうんですけど」
「え……」
「僕、まだ振られてないって思ってもいいですか?」

 上司の立場としても、彼との年齢差を考えても、ここは断るべきだろう。
 だけど、自分の中にある純粋な心が、私をこくりと頷かせた。
 彼もまさか私が素直に頷くと思っていなかったのか、微かに目を見開く。

「……本気ですか?」
「正直なところ今まで睦合くんのことは部下としか思ってなくて……全然意識してこなかったんだけど……睦合くんと話すの日課になってたし、ここ最近、何だか癒しがなくなったみたいで寂しくて」
「癒し?」
「あ、いや、変な意味ではなくて……」
「はあ……また犬ですか?」

 こんなこと言ったら失礼だけど、確かに最初はそうだった。だけど――

「今は、そうじゃない。やっぱり立場とか年齢とか、まったく気にしないのは無理だけど、睦合くんと気まずくなるのは嫌だなって思ったの。だから――」

 ああ、何て言えばいいんだろう。頭の中はぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。
 私の方が年上だと言うのに、本当にだらしない。

「だから……お友達から、お願いします」

 咄嗟にそんなことを口走っていた。