週の半ばのオフィス。朝の会議が終わると、挨拶がてら課のみんなにお菓子を配り始める。

「お休みありがとう。はい、これみんなにお土産」
「わーありがとうございます。課長、またどこか行かれたんですか?」
「ちょっと温泉入りにね」

 カエルの形をした、可愛らしい温泉まんじゅう。
 ビジュアルの掴みはばっちりで、特に女の子たちは嬉しそうに受け取ってくれた。
 足田美佳(たらだみか)、インターネット関連の企業にエンジニア職として入社し早十ニ年。女性としては異例のスピード出世を遂げ、慕ってくれる部下たちにも囲まれ仕事は毎日順調。しかしプライベートは寂しく、昨日で三十四歳を迎えてしまった。
 そして昨日は、毎年恒例の誕生日旅行のため、平日にも関わらず二日ほど休みをいただいていた。もちろん、一人旅。恋人なんてものは、ここ十年さっぱりだ。

「睦合(むつあい)くんもどうぞ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」

 始業したばかりだというのに、ものすごい集中力でパソコンに向かい合っていたのは、睦合恭平(むつあいきょうへい)、二十四歳。
 彼もエンジニア職で入社し、同じ課の直属の部下である。社外の人と会わないことをいいことに、いつもボサボサ頭に黒縁眼鏡、仕事中は年中マスクまで付けているものだから、正直彼の素顔を見たことがない。
 目上の人と会話する時くらいはマスクを外せだなんて、以前彼の先輩に怒られていたけれど、それでも外さないのだから相当な頑固者であり肝が据わっている子だと感じる。
 それに――

「睦合くんって、足田さんにだけ懐いてますよね」
「なぜ?」

 席に戻るなり、部下の赤沼(あかぬま)さんが話しかけてくる。彼女は年次は二つ下の部下で、これまで縁あって一緒にすることも多かったため、部下でありつつも距離が近い存在だ。