数日後。
森の中の陽の当たる丘に七人のドヴェルグは集まっていた。
そして穴を掘り、そこにサリューの入った棺桶を埋めた。
皆の悲しみはひどく、その中でもドルヴィーはその窮みにあった。
「姫さま、ごめんなさい。オラのせいで、オラが馬鹿なばかりに」
「ドルヴィー、もうよせ。いくら詫びたところで姫さまは戻ってこない」
「姫さまの仇は俺たちが討った。せめてそれだけもで償いにはなるだろうよ」

あの日。
サリューが倒れたその後、ドヴェルグ達は魔女を追いかけ、土地勘を活かして崖の先まで追い詰めた。
そしてドヴェルグ達が武器を構え睨みを効かしたそのとき、

ズサッ

魔女は足を滑らせ崖の下、数十メートルを一直線に落ちていき、鈍い音を森中に響かせた。
いくら魔女とはいえ落ちて助かる高度ではなかった。

「可哀想だ、姫さまが可哀想すぎる。お母さんから追い出されたあげくにこんな最期になるなんて、こんなの酷すぎるよ」
ドルヴィーはサリューの墓に這いつくばる様にして泣いた。
「わかった、気が済むまで泣け。俺たちも付き合おう」
ドヴェルグ達はその丘でひたすら悲しみに暮れていた。

そのとき、遠くの方から馬の蹄の音が微かに聞こえてきた。
そしてそれは段々とこちらへ近づいて来る。
「む、何もんだ!」
七人のドヴェルグの前に現れたのは…豪華絢爛な装飾が施されたそれは見事な白馬に跨った男。
その容姿は紺の礼服を着、髪は金髪で肩先まで伸ばし、身長は百九十メートル程の細身の体つき、さらに目つきは見たものを凍らせてしまう程の鋭い眼光の持ち主であった。
明らかに高貴な身分であろう男がそこに現れた事にドヴェルグ達は唖然とした。
「こんな所にいたか。この広大な森の中でここを探し当てるのは難儀であった」
と白馬に跨るその男は言った。
その男の身なり、雅な言葉使いにドクはハッとした。
「まさか皇子殿下か…?」
「いかにも。わしは神聖帝国第一皇位継承者、フリードリヒ=ドラウプニルである」
皇子がそう名乗ると得体の知れない緊張感が辺りを包んだ。
「小人達よ、すまぬが今一度墓を掘り起こしてはくれぬか。我が姫に今生の別れを致したいのだ」
サリューの想い人の頼みとあっては断る訳にもいかず、ドヴェルグ達は墓を掘り起こし棺を開けた。
「まさしく我が姫。この美しさは出会ったあのときのまま…」
皇子は棺桶からサリューを抱き起こし、手を握り、そしてその唇に口づけをした。
その瞬間、サリューの肌は徐々に温度があがり、鼓動は脈打ち、みるみる生気が蘇った。
そしてその目が開いたとき、サリューは涙を溢していた。
「姫、まさか蘇ったのか」
「なんで私、なんで皇子様…」
「もう良い、もう何も申すな」
そう言って皇子はサリューを抱きしめた。
「姫さまが生き返った!」
悲しみから一転、ドヴェルグ達は歓喜の渦に包まれた。
ある者は泣き、ある者は抱き合いながら喜んだ。

しかしただ一人、ドルヴィーだけは呆気に取られ、何の感情も表すことなくその場に立ち尽くしていた。
何よりも嬉しい、こんなに最高なことはない、そう自分に言い聞かせてみるがそんな素振りを見せる事が出来なかった。
この上ない嬉しさと同時にドルヴィーの中で何かとてつもなく悲しく切ない気持ちが渦巻き、その心を切り裂いていた。


それからまた数日後。
サリューと皇子フリードリヒは森からほど近い街の大聖堂で結婚式を挙げ、その後帝都に上り共に生活する事となった。
結婚式にはドヴェルグ達も招待され、小屋では皆大聖堂に向かうべく出発の準備をしていた。
ただ一人を除いて…。

「おいドルヴィー、本当にいいのか行かなくて」
「いいんだ。姫さまには皇子様もいるし、もうオラは必要ないんだ」
「何拗ねてやがる。まさかお前が姫さまと結婚できると思っていたのか?」
「そんな事…そんな事思ってねえ!」
「ガハハ、そりゃそうだよな!」
皆は笑いながらドルヴィーをからかった。
「じゃあ俺たちは行って来るからな、後で後悔しても知らんぞ」
そう言って六人のドヴェルグは小屋を後にした。

その後、ドルヴィーは何をするでもなく小屋の中でぼーっと考えに耽った。
そしてふと何かを思い付いたかの様に小屋を出て、近くの泉まで向かった。
サリューと過ごした思い出が詰まったその泉である。
サリューの両親のこと、サリューの故郷のこと、今朝出会った可愛い動物のこと、スニージーのくしゃみの大きさのこと、グランピーの皿をうっかり割ってしまったこと、将来の夢のこと、理想の結婚のこと…。
二人で話し、過ごした数多くの思い出を思い浮かべながらドルヴィーは寝転がった。
「姫さま、楽しかったな」
そして空を見上げながら思い出に浸っていると段々と眠りについてしまった。

「ねぇ、ねぇドルヴィー」
「ドルヴィー…」
「私ね、嬉しかったの。ドルヴィーが私の事好きっていってくれて、嬉しかったんだよ」

ドルヴィーはハッと目を覚ました。
いつのまにかサリューの夢を見ていた様だった。
「オラ、こんな所で何やってんだ」
そう言うとドルヴィーは立ち上がり、そして走った。
「姫さまにありがとうって言わなきゃ、姫さまにおめでとうって言わなきゃ…」
そう呟きながら走り、森を抜け、街の大聖堂に向かった。
そのドルヴィーの瞳にはもう悲しみはなかった。

ドルヴィーにとって森を抜けるのは初めての事だった。
サリューと皇子以外の人間に会った事もなければ人間の集落に行った事もなかったのだ。

ドルヴィーは人目を避ける為フードを深く被り、地図を握り締め歩き、そして結婚式が執り行われる大聖堂がある街まで辿り着いた。
「へぇ〜、これが街か、建物がいっぱいたってら…」
その街は神聖帝国の中でも比較的大きい規模の都市であり、人口も多かった。
そして行き交う人々の光景はドルヴィの目を眩ませた。
「人間がいっぱいいる。サリューも大きいと思ってたけど他の人間はもっと大きいんだな、オラの倍近くあるよ」
建物や人々に戸惑いキョロキョロと見渡すドルヴィの姿はさながら迷子の子供の様でもあった。
「いけね、早く行かないと。結婚式はとっくに始まってる時間だ」
ドルヴィは足取りを速めた。

日は落ちかけ、黄昏時が始まる寸前の時間帯であった。
大聖堂では街の人々がサリューと皇子の婚姻を祝福しているだろう…
そう思いながらドルヴィは歩き、そしてやっと大聖堂が見える距離までやって来た、が様子が少し妙だった。
大聖堂の周りには人だかりこそ出来ているが、明るい雰囲気というより重く物々しい空気が漂い、そして数人の兵士達が立ち、入り口を固めていた。
ドルヴィーの顔は段々と青ざめていった。
サリューの身に何かあったのではないか、そんな不安が身体の底から湧き上がってきた。
「どいてくれ、通してくれ!」
ドルヴィーは人だかりを押しのけ、大聖堂入り口まで近づくも、
「おい子供、今は立ち入り禁止だ。さっさと帰れ!」
と兵士に制止されてしまった。
「どうして立ち入り禁止なんだ、ここで何があったんだ!」
「邪悪な魔物がこの大聖堂に入り込んだんだ」
「魔物だって…?」
「ああ、しかし偶然にもこの街に立ち寄られた神聖帝国皇子、フリードリヒ殿下が勇敢にもその魔物と戦い、これを仕留めた。しかし殿下が仰るに魔物の力を封印したのみに過ぎず、いつ蘇るか分からないらしい。それ故にこの大聖堂ごと封印する運びとなった」
「何だって…?じゃあ結婚式は…」
「結婚式?そんな話は聞いていないが」
ドルヴィは呆然とした。
そしてふと嫌な予感が過ぎり、兵士に尋ねた。
「魔物って、どんな魔物なんだ」
「小柄で醜い風貌、数は六匹だったな」