「え……帰るの? 何で?」
 むうっと眉間に皺を寄せた翔悟の反応は、華子が再三に鞄の在り方を尋ねた故である。
「……えーと、今日は実家の母が……来るんだよね?」
(嘘だけど)
「ふーん、華子さんも一人暮らしなの?」
(──……あぅ)
 嘘をついた弊害がえらいところに出た。
 華子は生温い気持ちで弁明を続ける。

「えーと、それでほら。週末は実家に帰るか、親が訪ねてくるかなのよ。うち、この年になっても親が過保護でね……あはは」
 もごもごと口にする言い訳は苦しいかもしれないが、流石にこれを駄目だとは言わないだろう。
「……じゃあ俺も挨拶しておこうかな」
「駄目!」
 勢いよく返せば翔悟の眼差しが剣呑に光った。
「──何で?」

「それはえーと、うちの親は、その……ほら……」
 胡乱な眼差しから目を逸らし、華子はぱくぱくと空気を食んだ。
「──今日は母親しか来ないので……挨拶なら、両親一緒の時がいいんじゃないかなあ、なんて……?」
(うう、何この言い訳)

 華子は内心で頭を抱えた。何なら両手両膝を突き蹲って叫びたい。
 しかし当の翔悟はきょとんとした後、顔を真っ赤に染め上げた。
「うん。そ、それならまあ……仕方ないかな」
(え、嘘。それアリなんだ?)
 まじか。と目を丸くしつつも、華子はこの場から逃げ出せる事に安堵した。