苦しげに見える表情で、眉間を押さえながら小さく首を横に振った。
その仕草は以前ドイツにいた頃に見た覚えがある。確か、契約結婚を後悔したことはないのかと聞いてきた、あの夜だ。
心がざわざわと落ち着かなくなっていく。
「いや、それも言い訳だ。契約に恋愛禁止と謳っていなかった以上過去を責めるつもりもないし、今さらと言われるのも尤もだ。だが聞かせてほしい。君は」
熱い眼差しに囚われ、沙綾は身じろぎも出来ずに拓海を見つめ返す。彼は一体なにを言わんとしているのか、じっと次の言葉を待っていると。
「まーま、べんと!」
ピンと張り詰めた緊張の糸を切るように、キッズスペースで夢中で遊んでいたはずの湊人が、猛ダッシュで沙綾のお腹めがけて突進してきた。
「うっ!」
「まーま、はーく!」
無邪気に笑う湊人だが、彼の頭部が無防備なみぞおちに思いっきり入り、沙綾はうめき声をあげる。
「み、なと……痛いよ。それに、人のおうちの中を走っちゃだめ」
「め?」
「そう。め! 危ないから走るのはお外だけだよ。わかった?」
「おしょと。あい」
「よし、いい子だね。お腹すいたの?」
「しゅいたのー」



