「以前の会社の上司といい、その男といい、君は男を見る目がなさすぎないか」
「否定はしませんが、あの子の父親は素敵な人です」
拓海は目を見開いていたが、すんなりと出てきた言葉に沙綾自身も驚いた。
唐突なプロポーズからはじまり、契約結婚という特殊な縁で結ばれた拓海とは、あまりいい別れ方ではなかったし、つわりで食欲がない時や、湊人の夜泣きに寝不足でフラフラになりながら対応していた時などは、ひとりが辛くて泣いたこともある。
それでも拓海を忘れられず、恨んだり嫌いになれないでいるのは、ドイツで過ごした時間のほとんどが幸せな記憶だから。
信頼関係で結ばれていると思っていた契約上の妻から急に恋愛感情を向けられて迷惑だったにしても、もっと違う方法があったのではと思わないわけではない。
住む場所とお金だけを与え、それで他人に戻ってくれと言わんばかりの扱いにはひどく傷ついたが、それ以前はずっと妻として尊重し、大事にされていたと思える。
拓海にとって恋愛感情を向けられるというのは、それほど厭わしいことなのではないかと考えた。
だとしたら、契約を破って裏切ったのは沙綾の方なのかもしれないと考えつつ、沙綾は意を決して問いかけた。
「あの、それで……どうして今さら私を探して調べたりしたんですか?」
「……今さら、か」
隣に座る拓海は渋い顔をして俯いた。
「事件が解決したら呼び戻すつもりだったが、連絡がつかなかった」
「事件?」
「それに、その頃すでに君には他に男がいると知った」
「……え?」



