「帰国したばかりで今日は時間がない」
そう言うと、彼は運転席のドアを開ける。
このまま帰ってくれるならとホッとしたのも束の間、拓海は沙綾を真っすぐに見据えて口を開いた。
「明日、十時にここに迎えに来る」
「……えっ?」
「君に拒否権はない。その子が誰の血を引いていようと、あと三ヶ月、君は俺の妻だ」
熱の籠もった眼差しを向けられ、沙綾は高鳴ってしまいそうな胸をぎゅっと掴み、負けないように視線を返した。
勝手に明日の予定を言われたところで、これ以上拓海と関わる気はない。
それなのに、この瞳に見つめられると、声を奪われた人魚姫のように言葉が出ない。
反論を聞く気はないとさっさと車に乗り込んだ拓海は、それ以上なにも言わずに帰っていく。
ドイツ製の高級車が去っていった方向をじっと見つめたまま、沙綾は呆然と立ち尽くしていた。



