大使公邸で開かれたレセプションパーティーから三週間が経った。

あの日を境に拓海との距離はぐっと縮まり、結婚当初の条件はあってないようなものとなっている。

拓海が働いている間に沙綾が家事をするというスタイルは変わらないものの、別々だった寝室は一緒になり、夜も日を置かずに求められる。

週末にレセプションがあれば妻として同伴し、先日は約束していたマイヤー夫妻のホームパーティーにも出席した。

個人の邸宅とは思えない程広い敷地の屋敷や、他の招待客の豪華さにたじろぎつつ、拓海の横で彼らの会話に耳を傾ける。

詳しい内容こそ話さないが、どうやら国連総会や首脳会談に向けた環境問題の政策について、互いの意見を交わしているようだ。

日本とドイツが主導して進めていく政策で、各国の足並みを揃えるために奔走しているらしい。

「拓海、君は実に素晴らしい外交官だ。黒澤がなぜ君を重用しているのかよくわかる」
「恐れ入ります」
「沙綾、君の夫はとても有能だ。物事を必ずやり遂げようとする気概もある。大変な仕事だ、ぜひ支えてやってくれ」
「はい」

マイヤー議員に話を振られ、沙綾が表情を引き締めて頷くと、拓海は腰に添えていた手を引き寄せ、嬉しそうに「よろしく」と耳元で囁く。

スキンシップの多い欧州に住んでいるとはいえ、沙綾の感覚は完全な日本人。

人前での親密な仕草に真っ赤になると、拓海だけでなく、マイヤー夫妻にも笑われてしまった。

夫妻の温かいもてなしに当初の緊張は薄れ、モニカ夫人には次回会う時に着物の着付けを教えてほしいと請われた沙綾は、笑顔で了承する。

夫妻には子供がおらず、沙綾の両親が既に他界している事実を知ると、モニカ夫人は『ドイツでの母親だと思ってちょうだい』と言い、以後メールでも連絡を取り合う仲となった。