沙綾は震えていると悟られないよう一歩身を引き、自身も大きめの声を出した。
「着物に目を留めていただき光栄です。日本では、こうした絵柄には意味があるのですが、ご存知ですか?」
着物を見るフリをして沙綾に触れていた男は意表を突かれたのか、言葉を発せないままだ。
すると、くるぶし丈のよもぎ色のワンピースに白のジャケットを羽織った上品なドイツ人の婦人が、沙綾の質問に興味を持ったようで声を掛けてきた。
「私にも教えて頂けるかしら? とても興味深いわ。KIMONOにランクがあるというのは知っているけれど」
年の頃は母と同じくらいだろうか。肩上で切りそろえられた艶のあるプラチナブロンドの髪を耳にかけ、穏やかに微笑んだ。
急に話しかけられ驚いたものの、彼女が目の前の男からさり気なく庇ってくれているのだと気付き、沙綾はほっとして言葉を続ける。
「はい。鶴には長寿、蝶には立身出世、貝塚には夫婦円満など、場に即した意味合いの柄を着こなすのが粋だと言われているんです」
「そうなの。では扇柄は?」
「扇柄には“明るい未来”という意味合いがございます。日本とドイツが、互いに素晴らしい未来へと歩んでいけるようにと、本日はこの着物を選んで参りました」
「まあ! 素晴らしいわ」
婦人が声を上げたのに反応し、沙綾の着物に興味を示していた他の女性たちも「私も近くでKIMONOを見ていいかしら」と周囲に集まってくる。
彼女たちに着物や帯の説明をしていると、先程の男はバツが悪くなったのか、苦い顔をして無言でその場を離れていった。



