怜悧な外交官が溺甘パパになって、一生分の愛で包み込まれました


「きゃっ」

驚いて振り返ると、酒の匂いが鼻につき、目の前の人物がかなり酔っ払っているのがわかる。

三十代後半くらいだろうか。縦にも横にも大きく、普段は白いであろう顔は首まで真っ赤になっていた。

「“KIMONO”だ。君は日本人?」
「はい」
「へぇ。身体のラインを隠すなんてもったいない衣装だな」

海外での和装人気は高く、今日も何度かこの装いについて賛辞を貰ったが、不躾に直接手を触れてくる人はいない。

沙綾は恐怖に強張りそうになるのを必死に我慢し、頭をフル回転させる。

事前に聞いていた参加者の中に彼がいた記憶はないが、この場で失礼があってはならないと、噛み締めたくなる唇の口角を意識して引き上げた。

しかし、それも束の間。着物の上からではあるが身体に触れられ、ゾクリと鳥肌が立つ。

「胸元はもっと開けたほうがいいんじゃないか? とても暑そうだ。それに生地の柄も、君のように若いなら、もっと華やかなものがいいだろうに」

帯や合わせに手が掛かり、不快感と恐怖が徐々に大きくなっていくが、大使公邸に招待されるような人物を振り払うなんて出来ない。

酔っているせいか地声なのか、大きく響く声は周囲の視線を集め、何事かと心配げに見られている。