パーティーの開始から二十分ほど経った頃、黒澤大使が拓海に引き合わせたい人物がいると声を掛けてきた。
「申し訳ないね。不安なら家内をそばによこそうか」
黒澤大使の気遣いに恐縮しつつ、沙綾はにこやかに微笑んだ。
「いいえ、お気遣いありがとうございます。ギャラリーなどを拝見して、楽しませて頂きます」
仕事の邪魔にならないよう拓海にも頷いてみせると、彼は意外なほど心配げな顔をしながらこちらを見ていた。
「そうか、ぜひ食事も楽しんでいくといい。では、城之内くんをしばらく借りるよ」
「はい」
「悪い、沙綾。行ってくる。本当にひとりで大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、いってらっしゃい」
「随分心配性なんだな。君が愛妻家だなんて意外だ」
可笑しそうに笑う黒澤大使に、拓海は「新婚なので」と事もなげに答えている。
「ようやく君が結婚する気になったと、日本の上司もホッとしたんじゃないか。泣いた女性は多そうだが」
「さぁ」
談笑しながらホールの奥へ向かうふたりの背中を、沙綾は嬉しいような切ないような、複雑な気持ちで見送った。
大使に言われた通り、軽食を摘みながらノンアルコールのスパークリングワインを飲んでいると、後ろから急に袖を引っ張られた。



